償ってもらいます
押し込んだインターホンの音は、去り際の愛菜の視線のように冷たい。
「あのお久しぶりです。毅です。愛菜が帰ってると思うんですけど……」
『……何しに来たのよ?』
声色ですぐに愛菜だと気付く。
「愛菜、話があるんだ!」
『こっちにはないわ』
恐らく本気で開けるつもりはないのだろう。ここまでは予想通り。毅は秘密兵器として連れてきた竜二をカメラの前に立たせた。
「あ、お、お久しぶりです。竜二です……」
「どういうことよ……?」
「とにかく、1度話を聞いてほしいんだ」
毅の懇願が伝わった――わけではないだろうが、間もなく玄関のドアが開く。こちらを睨んでいる愛菜に向けて、毅は精一杯の笑みを見せた。
毅は竜二と並んで、和室で正座をしていた。愛菜は苛立ちを抑えきれないのか立ち上がり、2人を鬼のような形相で睨みつけている。
「……何もかも嘘だったっていうのはよく分かった。エイプリルフールでサプライズを仕掛けただけっていうのもね」
「そ、そうなんだよ。ちょっとしたジョークでさ……まさかこんな感じになってしまうとは……」
「本当にすいません」
毅は笑ってみせるが、愛菜は憮然としている。
「私が笑って初めてお笑いって成立するのよ。ここまでの騒動になってる時点で毅たちのやったことは最低の悪ふざけ。どうせ飲みながら勢いで決めたんでしょ?」
「申し開きもできません……」
「私は本気で毅との離婚を考えたのよ」
愛菜は毅に鋭い眼光を向けながら言い放つ。初めて具体的になった離婚という単語に毅の背中からは嫌な汗が噴き出した。
「いやだから、冗談なんです。俺が100万もの借金の連帯保証人になるわけないってすぐにバレると思ってたんです。まさか真に受けるなんて……」
「じゃあ私が悪いんだ?」
「……いえ、それはないです」
毅が小さくなってうなずくと愛菜は大きく息を吐き出す。
「まあ、嘘だって言うのなら離婚は考え直す」
「本当⁉」
「でも毅には今回の嘘の償いをしてもらうから」
「あ、ああ、何でもやります!」
この場が収まるのなら本当に何でもできると毅は思った。だが、愛菜が浮かべた笑顔は底知れなさを秘めていて、毅はたった今口にしたことをすぐに後悔することになる。
「それじゃあ、今回の借金、きっちり返済してね。それができたら許してあげる」
「……え? いや、だから借金なんて嘘だって」
「私はその嘘で深く傷ついたの。つまりは慰謝料として100万を夫婦の口座に振り込んでってこと」
毅の頬がひくつく。愛菜の顔を見る限り本気で言ってるようだ。
「でも俺にそんな金……」
「もちろんそれは分かってる。だからしばらくお小遣いナシってことにしてもらう。 お小遣いは5万だから100万くらいなら20か月もすれば払い終えるわね」
「え、これからずっと小遣いなし……?」
愛菜の提案に毅は震えた。呆然とする毅を見て愛菜は笑い出す。
「もう何言ってんのよ。嘘に決まってるでしょ? 今日はエイプリルフールよ」
「あ、あぁ、う、嘘だよな。ちょっとマジで、びっくりしたって~」
「そんな鬼みたいなことしないわよ。お小遣いは1万。それで4万を返済に充てるわ。そうしたら2年ちょっとで払い終えるから」
「え……?」
「これはマジだから」
愛菜の迫力に、毅はもうなす術がなかった。
小遣いを1万円に減額する旨を記した誓約書にサインするとき、毅は心からタイムマシンがあったらいいなと思った。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。