昼下がりのキッチンに立つ柚子の背後から、いつもの非難がましい声が響いた。
「またそういう、わけのわからないもの買ってきて……あんたはほんと、落ち着かないねえ」
声の主は、義母の和世。夫と結婚してから、かれこれ20年以上の付き合いになるが、いまだに彼女とは「家族」になれていない気がする。
「これはね、コンポスト容器っていって、生ゴミを土に戻すやつなんですよ。今どき流行ってるんです。エコっていうか、循環型生活っていうか」
柚子は作業の手を止めて、できるだけにこやかに、柔らかく返した。だが、義母は眉ひとつ動かさず、まるで異界の儀式を目にしたかのように柚子の手元をじっと見つめた。
「あんたねえ、そうやって流行りものにばっかり次々飛びついて……どうせ今度も長続きしないんでしょう?」
「いやぁ、まあ一応良さそうなら続けようと思ってますけど……」
気がつけば、言い訳口調になっていた。
新築の二世帯住宅で義両親と同居を始めたのは、ひとり娘が小学校に上がったばかりのころ。部分共有型の設計で、玄関や水回りは別だが、キッチンダイニングは一緒になっている。そのため、毎日こうして顔を合わせなければならない。
新しいもの好きでミーハー気質な柚子に対して、義母は変化を嫌う。今も頑なにガラケーを愛用しているほどだ。もともと水と油だった2人だが、柚子が子育てを終えてからは、特に義母からのあたりが強くなった。自由気ままに好きなことを始める嫁が気に食わないのだろう。もしかしたら、数年前に義父に先立たれたことも関係しているのかもしれない。義父は夫に輪をかけて大らかな人だった。
「それじゃ、私買い物行ってきますね。夕方までには帰るので、よろしくお願いします」
小さな容器の蓋を閉めて片付けると、柚子は事務的に声をかけた。ほとんど業務連絡に近い。
「また無駄な買い物するつもり?」
「いやいや、その辺で食料品を買うだけですよ。お義母さん、何か欲しいものあります?」
「別にないわよ」
冷たく返されたが、柚子が気分を害することはなかった。実は今、柚子には密かにワクワクしていることがある。
それは「梅仕事」だ。ここ数日、インスタやYouTubeで関連タグを巡っては、漬け込み瓶の美しい写真にうっとりしていた。グラスの中で光る、琥珀色の梅シロップ。白く透ける氷砂糖。焼酎に浸した梅の実が、じわじわと時間をかけて変化していく様子。完成した梅酒は、きっと夫との晩酌に、ぴったりだろう。
もちろん、義母にはまだ言っていない。どうせまた「また変なもんに手を出して」と嫌味を言われるのが目に見えている。
「いってきます」
にっこり笑って玄関へ向かった柚子は、初夏の日差しの中へ1歩足を踏み出した。