梅酒づくりにいそしみ

買い物から帰ってきた柚子は、さっそくキッチンに向かった。大きなマイバッグの中には、青梅が2キロ、氷砂糖とホワイトリカー、そして透明なガラス瓶がふたつ。しっかりとした蓋付きのもので、インスタグラムで見かけた憧れの「梅仕事」投稿に出てきたものと、まったく同じデザインだった。トータルで3000円弱。市販品を買うことを思えば、格段に安上がりだ。

「ふふっ……完璧」

柚子は、上機嫌でガラス瓶をアルコール消毒すると、青梅を丁寧に水で洗っていった。梅の香りがふわっと鼻をくすぐる。まだ若くて固く、ほんの少し青い実は、見ているだけで爽やかな気分になる。洗った梅をざるにあげ、キッチンペーパーでひとつずつ拭きながら、スマホを取り出してパシャリと1枚。

「#梅仕事初挑戦 #今年の夏は自家製梅酒」

投稿用のキャプションを頭の中で組み立てながら、氷砂糖とホワイトリカーを交互にガラス瓶へ入れていく。瓶の中で、氷砂糖に埋もれて並んでいく青梅は、まるで宝石のようだった。浮き立つ気持ちを抑えきれず、柚子はもう1枚、今度は上から覗き込むように写真を撮った。

シロップ用の瓶にも同じ手順で青梅と氷砂糖を詰め、冷暗所へ。あとは、待つだけ。毎日瓶を軽く振って、ゆっくりと熟成させていく時間もまた「梅仕事」の醍醐味だ。

ところが——。

数日後、キッチンの隅に置いておいた瓶を見て、柚子は息を飲んだ。
「えっ……うそ……」

梅の表面に、白っぽい綿のようなものが浮いていた。カビだった。慌てて蓋を開けると、ツンと鼻を突く違和感のある匂い。シロップの瓶の方はまだ無事だったが、梅酒の方はもう完全にアウトだった。

「消毒が甘かったのかな……」

大量の梅、お気に入りの瓶。せっかく、いい気分で始めたのに。期待が大きかったぶん、ショックも大きかった。柚子は瓶の前でしばらく呆然としていた。
そのときだった。背後にすっと誰かが立つ気配がした。

「……あら」

義母の声に、柚子は条件反射的に身構えた。絶対、何か言われる。派手好きだの、落ち着きがないだの、また余計なことをしたって怒られるに違いない。気まずさで振り返ることもできず、瓶をのぞき込んだまま、柚子は押し黙っていた。

●また嫌味を言われる……。そう身構えた柚子だったが、和世の反応は想像していたよりもはるかに穏やかなものだった。実は和世も昔、「梅仕事」にいそしんでいたのだという。和世は昔の思い出を振り返りながら柚子に梅仕事を教えていくのだった。後編:【「甘いわね。それじゃダメ」秘密の梅酒づくりが義母にばれたアラフィフ女性に偶然訪れた義母との和解のとき】にて詳細をお届けする。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。