のどかな春の朝に似つかわしくない、不躾な音で愛菜は目を覚ました。工事中かと思ったが、明らかに違う。誰かが玄関のドアを叩き続けているようだった。

夫の毅の姿はない。愛菜は隣で眠っている1歳になったばかりの娘を起こさないように身体を起こして2階の寝室から1階へと下りる。

「横山さん、いるんでしょ? 開けてくださいよ。ねえ、開けてくれないとこっちも困るんですって」

廊下からのぞきこんだ玄関のドア越しに男の声が響く。敬語を使っているが威圧感のようなものがにじんでいた。

愛菜は男の様子に恐怖を感じた。

警察に通報しようとスマホを手に取ったとき、リビングからこちらをのぞきこんでいる毅に気が付いた。毅は明らかに青ざめた顔をしていた。

愛菜はリビングに向かい、扉を閉め、声を殺して話しかける。

「……ねえ、あれ何? あの人っていつからいるの?」

「……5分くらい前からかな」

「警察に通報しよう」

すると毅は焦った顔で愛菜の腕を掴んだ。

「だ、ダメだ、それだけはダメだ」

「何でよ? 放置したら、危ないじゃない。警察に来てもらわないと」

「も、もし警察が来たら大変なことになるから……」

「もうすでに大変なことになってるでしょ。ほたるだっているんだよ?」

毅はなぜか頑なに警察沙汰を嫌がっていた。何ひとつ状況が呑み込めず戸惑うしかない愛菜に、毅は頭を下げた。

「ご、ごめん……! 実は俺のせいなんだ……!」

「……は? 毅のせいなの? どういうこと?」

「実は俺さ、借金作っちゃったんだ……」

「……は? 借金⁉」

思わず声が大きくなり、愛菜は慌てて口を手で押さえる。