何もかも考え方が合わない
やがて夕食時が近づき、愛子が準備に取り掛かるため台所へと向かうと、博美も後に続いてその手伝いをする。
「お義母(かあ)さん、晩ご飯は何をされるんですか?」
「今日はね、お隣の山下さんがくれた野菜があるからおでんでもしようかなと思ってるの」
そう言って愛子は段ボールにはいった野菜を見せてくる。形こそいびつだが、新鮮な野菜を使ったおでんはおいしそうだと博美はうなずく。
「いいですね。それじゃ私は何をしましょうか?」
「おだしを作ってくれる? 私は野菜をじゃんじゃん切っちゃうから」
博美は愛子の指示に従い、しょうゆやみりんを使ってだし作りをスタートさせる。
「お義母(かあ)さん、計量カップはどこにありますか?」
博美が聞くと、愛子はキョトンとした顔になる。
「え? なんで?」
「いや、おだしを作るので、きちんと水の量とかはからないと」
愛子は博美の言葉を聞き鼻で笑う。
「あのね、そんなの目分量でいけるでしょ? バーっとやっちゃって、バーっと」
「いや、でも今日は大人数ですし、量を間違えちゃうと味が変になっちゃいますよ」
「だったら、後から塩でもなんでも足せばいいんだよ。ほら、ちゃっちゃとやっちゃって」
結局、愛子に押し切られるように、博美は仕方なく目分量で入れた水でだしを取り始める。
「え……?」
ふと視界に入った愛子に、思わず博美は声を漏らした。なんと愛子はまだ土のついた大根をまな板に載せて切ろうとしていた。
「お、お義母(かあ)さん、土がまだついてますよ」
「……それがどうかしたの?」
キョトンとした顔の愛子に驚きながらも博美は指摘をする。
「いや、だって土がついたままだと汚いじゃないですか。ちゃんと洗わないとダメですよ。口に入れるものなんですから」
博美がそう言うと、愛子は眉間にしわを寄せて不快感をあらわにする。
「何言ってんだい。これだから都会っ子はだめだねぇ。山下さんが丹精込めて作ったんだから大丈夫だよ」
「いやでも、土は雑菌がたくさんはいってますし」
博美がそれでも食い下がらないで反論すると、愛子は深くため息をついた。
「まったく仕方がないねぇ。洗いますよ、洗います」
面白くなさそうな愛子だったが、しぶしぶと大根を洗ってくれたことに安堵する。
しかしその後も愛子のガサツっぷりは遺憾なく発揮され続けた。かつらむきをした大根は二回り以上細くなり、ちくわやさつま揚げは切られることなくまるごと鍋に放り込まれた。そして極めつけはくしゃみだった。
鍋をかき混ぜていた愛子は鍋に向かって大きなくしゃみをひとつ。当然、視認できるくらいの唾が鍋に意気揚々とダイブした。
「……は?」
思わず声を出した博美を、愛子は首をかしげながら見ている。
「どうしたんだい?」
「何でもないです……」
その瞬間、博美は愛子とは何もかも考えが合わないということを思い知った。
●年越しは耐え忍んでやり過ごそうと思った矢先、思ってもみなかった事件が起こる。後編【義実家で餅を喉に詰まらせた義父、もしもの時に家族が「一番取ってはいけない行動」】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。