妻の本心は?
迎えた結婚記念日当日。
春樹はいつもなら直行する帰り道を外れ、駅前のデパートに足を運んだ。
ワイン売り場では、普段なら絶対に手に取らない価格帯のボトルを選び、洋菓子コーナーでは華やかなデザインのショートケーキを2つ購入した。そして、その足で花屋に向かい、店員に声をかけた。
「これをください。プレゼント用で」
花の種類には疎い春樹だが、購入するものは最初から決まっているから迷いはなかった。
40年前、百合子にプロポーズしたときと同じ赤いポインセチアだ。
確か花言葉は、「祝福」と「幸福を祈る」だったか。花束を受け取った百合子がうれしそうに教えてくれたことだ。
腕いっぱいに袋を抱えた春樹は、そわそわしながら家路についた。
リビングのドアを開けると、温かい香りが鼻をくすぐった。
百合子がキッチンで夕食を仕上げているらしい。
「……ただいま」
「おかえりなさい」
ドアの前で突っ立ったまま動かない春樹を不審に思ったのか、百合子が作業の手を止めてこちらを振り返った。
「それ、どうしたの?」
少し目を見張りながら尋ねる百合子に、春樹はおずおずとポインセチアの花を差し出した。
「今日、結婚記念日だろう? だから、その、なんだ、あれだよ、あれ」
「あら、珍しい。ありがとう」
しどろもどろな春樹をよそに、百合子はあっさりとポインセチアを受け取った。春樹は拍子抜けしつつ、ほっと胸をなでおろした。
間もなく夕食が完成すると、春樹は少し緊張しながら、百合子と向かい合って席に着いた。テーブルの上に並ぶのは、いつもより少し手の込んだ料理。もしかして百合子は、結婚記念日には毎年こうして豪華なメニューを作っていてくれていたのだろうか。そう思い至ると、春樹の胸は申し訳なさでいっぱいになった。
「百合子……俺は今まで仕事ばかりで、家のことはお前に任せきりだった。それに、あんまり感謝の言葉も言えてなかったと思う……本当にすまなかった」
春樹がそう言って頭を下げると、しばらくの沈黙ののち、百合子がゆっくりと口を開いた。
●春樹の不安な予感の通り、妻は熟年離婚を考えているのだろうか? 妻・百合子の本心が明かされる――。後編【「離婚の準備でもしてるんじゃないかって」結婚記念日にポインセチアを持って帰った夫に、妻が行った「40年分の仕返し」】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。