話せないまま亡くなってしまった母

それから3日後、有紀は礼子の体調や機嫌を見て、墓について切り出した。

「お母さん、散骨するっていう気持ちはまだ変わってない?」

「当たり前だろ。私は暗い土の下にいるのなんて嫌なんだよ」

有紀は礼子の手を握った。

「でもね、残された私たちはどうすればいいの? 骨がなくなったら、私たちはどこに手を合わせればいいのか分からないじゃない」

「そんなの、仏壇に写真でも飾って、そこに手を合わせればいい。墓があったって、そこに私がいるわけじゃないんだから」

有紀は携帯の画像を見せる。

「ここなんてどう? 丘の上にある霊園でね、海が一望できるんだよ。ここならお母さんもいいのかなって思うんだけど……?」

しかし、礼子は画像を見もせず、烈火のごとく声を荒らげた。

「嫌だって言ってるだろ。墓に入るのが嫌だって言ってるのがどうして分かってくれないんだよ」

「何がそんなに嫌なのよ? 皆、亡くなったらみんな、お墓に入ってるじゃない!」

有紀も思わず語気を強める。礼子はますますかたくなに拒否の姿勢を見せる。

「どうして、私が嫌だって言ってるのに、あんたは認めてくれないの⁉ 私が嫌だって言ってるんだから、私の気持ちを大事にしてよ!」

「もちろん、大事にしてるって。でも、どうして散骨がいいのか、理由が分からないのよ。暗いところが嫌なら、そういう納骨の仕方を探してみるから。それじゃダメなの?」

「散骨がいいって言ってるの! どうして分かってくれないのよ!」

「分かってくれないのはそっちでしょ!」

お互いの主張は平行線だった。それどころか建設的な話し合いをすることができないまま、時間ばかりが過ぎていった。しっかりと向き合って話し合いをすれば良かったのだが、有紀もわざわざ礼子と争いをするのが嫌だったので、墓の話題は口にしなくなった。

それからしばらくして、礼子は体調を崩しがちになり、有紀が望むと望まざるとに関わらず、墓について話ができる状態ではなくなった。そして、入退院を繰り返すようになってから、半年後、病院で母は眠るように息を引き取った。病室で米寿のお祝いをしてからすぐのことだった。

「――14時32分、ご臨終です」

医師の冷たい声が響いた。礼子は眠っているのとそう変わらない表情で、ベッドの上で動かなくなった。有紀は病室を出た。母が死んだという事実がまだ、実感できなかった。

「……有紀、大丈夫か?」

追いかけてきた利喜が声をかける。その瞬間、なんだか現実に引き戻されたような気分になって、有紀の目から大粒の涙がこぼれた。

「お義母(かあ)さんは、有紀に見守られてきっと幸せな気持ちで、天国に行ったと思うよ。寝てるみたいに安らかだったじゃないか」

利喜は有紀の背中を擦りながら、有紀が落ち着くまでじっと待ってくれていた。

「……お通夜、しなくちゃ」

「……大丈夫か? 俺が代わりに手続きをやっておこうか?」

有紀は涙をハンカチで拭いながら、首を横に振る。

「ううん、しっかりとお母さんを見送らないと。それが私ができる最後の親孝行だから」

有紀の言葉に利喜はうなずいて、通夜と葬式の準備に気持ちを切り替えた。しかし墓のことについては考えようとしなかった。また、考えてももう礼子の口から直接話を聞くことはできなかった。

●肝心な事を話せないまま亡くなってしまった母……。有紀の決断は? 後編「立つ鳥が跡を濁さぬように」生前かたくなに墓を嫌がっていた母…遺品整理で発覚した「亡き母の不器用な愛情」】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。