木々の間から差し込む柔らかな光が、湖面に揺れる金色の波紋を作り出していた。時折、夏の終わりを告げるように涼しい風が吹き抜け、美弥子の肌に心地よいひんやりとした感触を残していった。

半歩前を歩いていた夫の竜也がふいに立ち止まって、こちらを振り向きながら声をかけてきた。どうやら目指していたポイントに到着したらしい。

「随分と気持ちの良い場所だな」

「そうね。頑張って歩いてきたかいがあったわ」

大自然に心を奪われていた美弥子は、われに返ってから竜也にほほ笑んだ。子育てを終えた美弥子と竜也は夫婦水入らずで、20年余りの結婚生活で初めてのキャンプに訪れていた。

初心者キャンパーの美弥子たちが選んだのは、湖畔にある小さなキャンプ場。人里離れたこの場所は、自然の息吹がじかに感じられるほど静かで、耳を澄ませば、どこか遠くで川のせせらぎが聞こえてくるほどだ。

テントを設置する場所は、2人で話し合って慎重に選んだ。最終的にテントの設営を決めたのは、キャンプ場の中心から少し外れた場所で、他のキャンパーたちの騒がしさからは離れていた。キャリーワゴンでキャンプ道具一式を運ぶのは骨が折れたが、どうしても自然と寄り添う時間を満喫したかったのだ。

「ふう、こんなもんかな」

「お疲れさま。なかなか様になってるじゃない」

四苦八苦しながらテントを設置した美弥子と竜也は目を見合わせ、久しぶりに共有する静かな時間をかみしめているかのようにほほ笑んだ。今春から息子が大学へ進学し、久しぶりに2人だけの時間が持てるようになったことに、どこか新鮮さと心地よさを感じていたのだ。

テントを設置し終えた後、美弥子は竜也に誘われて軽装のままリュックサックだけ持って川へと向かった。竜也をまねて水に足を浸してみると、体内にこもった熱気が和らぎ、川の冷たさが心地よく感じられた。

「こんな風に、また2人で出掛けるなんてね」

美弥子は思わず笑みを浮かべながらつぶやいた。

「これからは、いつでも出掛けられるよ。そのうち海外旅行なんかもいいかもね」

足を川の流れに投げ出したまま、竜也が返した。美弥子たちは、死ぬまでに行きたい場所ややってみたいことについて、思いつくまま語り合った。