熊の仕業?

楽しい時間はすぐに途切れることになった。

キャンプサイトに戻ると、美弥子たちの荷物が荒らされていたのだ。テント周りの荷物が地面に散乱しているのを見て、2人は思わず言葉を失った。苦労して運んできたクーラーボックスが倒され、中に入っていた食料があさられているようだった。

「これは……何があったんだ?」

ぽつりと竜也が口にしたが、もちろん美弥子がその答えを知るわけがない。2人が仕方なく荒らされた荷物を片付け始めて間もなく、偶然通りかかった別のキャンパーが声をかけてきた。

「こんにちは。ご夫婦でキャンプですか?」

「えぇ、そうなんです。たまには夫婦水入らずもいいかと思って……」

そのキャンパーが美弥子たちと同世代と思われる感じの良い男性だったこともあって、しばらく3人で談笑した。しかし、美弥子が自分たちの荷物が荒らされていたことを告げると、キャンパーの男性は急に真顔になって言った。

「もしかしたら熊の仕業かもしれませんね。最近、このキャンプ場の近くで目撃情報があったそうですよ」

熊、という言葉が美弥子の頭の中に鮮明に響いた。美弥子は思わず息を飲んだが、竜也は冷静だった。

「このキャンプ場では、熊による食害は報告されてないはずだ。僕たちには熊よけの鈴もあるし、まず大丈夫だろう」

竜也は、美弥子と自分自身に言い聞かせるように言った。

今回、キャンプ初心者の美弥子たちは、万が一に備えて熊よけの鈴や遭難時の非常食などを常に携帯していた。さらには、地元の獣害情報や環境省の遭難時マニュアルもチェック済みだ。自分たちの事前準備に絶対的な自信を持っていた美弥子たちにとって、キャンパーの言葉は意外なものだった。

それからキャンパーはテントを人の多い場所へ移動させるように助言した後、自分のキャンプサイトに戻ると言って、その場を去っていった。美弥子たちは迷ったが、結局その場を移動することなく、夜を迎える決断をした。

せっかくなら人気のない静かな場所でキャンプを楽しみたいというのが、その場所にとどまった理由だったが、本音を言えば、いまさら来た道を戻ってテントを張り直すのがおっくうだという気持ちもあった。竜也も口には出さないだけで、美弥子と似たような気持ちでいるに違いなかった。