夜9時を回って、ようやく康介は自宅に帰ってきた。作業着には油と鉄の匂いが染みつき、一日中機械の音を浴び続けた身体は鉛のように重い。

「疲れた……」

靴を脱ぎ、鞄とコンビニの買い物袋を床へ置く。郵便受けから持ってきた封筒の束をテーブルへ放ってから、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。

メーカーの製造工場に勤めて今年で15年。今では設備の不調を音だけで察することもある。後輩に判断を求められる機会も増えた。今日も停止しかけた製造ラインを復旧させ、課長から礼を言われたばかりだった。

それでも康介の中で、この仕事はどこか仮初めのものだった。

「腹減った……」

康介の父は医師だった。4歳上の姉、美沙も現役で医学部へ入り、今では都心に自分のクリニックを構えている。康介も2人に倣って医師を目指したが、3浪しても志望していた医学部には手が届かなかった。結局、工学部へ進み、メーカーへ就職した。

――あと1年、諦めずに医学部を目指していれば。

康介は今でもふと、そんなふうに考えてしまう。

どれほど会社で実績を積んでも、父と同じ国内トップクラスの医学部に入り、医師として成功を収めた姉の人生を思えば、自分の15年など色あせて見えた。