あの時引き返していれば…

美弥子たちの報告を受けたキャンプ場の運営者は、すぐさま地元猟友会へ協力を要請したそうだ。キャンプ場は一時的に閉鎖されたが、数週間後、熊射殺のニュースとともに営業再開を目指すことを発表した。今後はキャンプ可能エリアを限定することや、熊が身を隠しやすいささやぶの伐採、電気柵の設置なども検討しているという。

美弥子たちは少し後になってから知ったことだが、1度でも人間の食料を食い荒らした熊は地元の猟師によって射殺されるのだそうだ。人間の近くで食料を手に入れることに味をしめた熊は、また同じ場所にやってきて、今度は人を襲いかねないからだ。つまり、今回キャンプ場近くで猟友会に射殺された熊は、美弥子たちと遭遇したことで駆除されることになったというわけだ。

もし、自分たちがわざわざキャンプ場の中心地から離れなければ.、あるいはあのときキャンパーの忠告を素直に聞いていれば、美弥子は熊と遭遇する恐怖を味わわずに済み、熊も射殺されずに済んだかもしれない。そう思うと美弥子の心は、後悔と罪悪感でいっぱいになった。竜也の方も同じように複雑な気持ちを抱いていたらしく、気落ちしているように見えた。

環境ボランティア

「ねぇ、あなた。いろいろ考えたんだけど、今度2人でこういうの参加してみない?」

「環境ボランティア……? へぇー、面白そうだな! ちょうど僕も自然や野生動物のために何かしたいと思ってたんだ」

美弥子が竜也に見せたのは、『人と自然が共存できる社会を目指すボランティア 参加者募集』という文言が表示されたスマホの画面だった。

ボランティア活動のホームページを食い入るように見ている竜也の姿を見て、美弥子はキャンプをきっかけに抱いたネガティブな感情がゆっくりと薄らいでいくのを感じていた。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。