食い荒らされていた食料

翌朝になって、ようやくテントの外に出ることができた美弥子と竜也は、自分たちが寝床に選んだキャンプサイトの状況を確認した。美弥子が昨晩熊を目撃したたき火の跡に行ってみると、美弥子たちが食べきれなかった分の夕食やキャンプ用のレトルト食品などがすっかり食い荒らされていた。食料は全てクーラーボックスの中にしまい、ゴミは臭いが出ないように袋に入れて固く口を縛っておいた。

両方ともタープテントの下に置いて寝たはずなのだが、それらはいつの間にかたき火の近くに投げ出されていた。地面に引きずったような跡があることから、昨日の熊がふたを開けようとしているうちに移動させてしまったらしい。もちろんクーラーボックスには引っかいたらしい爪の痕が深く刻み付けられている。

「信じたくないが、本当に熊がここにいたんだな。ほら、美弥子も見てみなよ」

その場にしゃがみ込んで熊の痕跡を観察していた竜也が、ふいに立ち上がってクーラーボックスを指さした。言われた通りに美弥子が見てみると、クーラーボックスの留め具に何か黒いものが挟まっているのが分かった。

「おそらく熊の体毛だろうね。食料をあさる時に引っかかったんだと思う」

不気味な音を立てながら食料をむさぼる熊の姿が脳裏に浮かび、美弥子は思わず身震いをした。もしも熊がクーラーボックスの食料だけで満足しなかったら、美弥子たちのテントの中にまで入ってきていたかもしれない。

「あなた、早く人がいる場所に戻りましょう。これ以上ここにとどまりたくない」

「そうだな。さっさと撤収してキャンプ場へ報告しよう」

竜也はそう言うと、テキパキと荷物を片付け始めた。美弥子もこみ上げる嫌悪感を我慢しながら散乱した食料をまとめ、黙々と撤収作業をして、足早にその場を去った。

キャンプ場の中心地へ戻って人の気配が増えてくると、美弥子は心から安堵した。昨日、あれだけ解放されたがっていた騒がしさが、今は涙が出るほど懐かしく思えたのだ。美弥子たちは、キャンプ場に今回のことを報告し終えると、ようやく家路についたのだった。