突然荒々しい姿を見せた川

「ほら、どうした? 男らしく勇気を出してみろよ! ちょっと足がぬれるだけだろ。何がそんなに怖いんだよ!」

佑介の声にははっきりといら立ちがこもっていた。

いくら優しく呼びかけても応えない大貴のじれったさに、我慢ができなくなったのだろう。大貴は佑介の大きな声に身体を縮こまらせた後、助けを求めるような目で真理奈の方を見つめてきた。そろそろ潮時だと感じた真理奈は、大貴と佑介を呼び戻そうと2人の方へ近づいて行った。

「2人ともー! 少し休憩にしよーう!」

そう呼びかけた瞬間、川上から勢いよく移動してきた流木が佑介の足元に迫ってきた。

「あっ!」

真理奈は思わず叫んだが、一瞬遅かった。流木に足を取られた佑介は、バランスを崩して川の中に転倒してしまったのだ。佑介はばつが悪そうに起き上がろうとしたが、思っていたよりも深い場所まで進んでいたらしく、体勢を立て直すのに苦戦していた。

その様子を見た真理奈は胸騒ぎを覚えた。流木は、酒に酔っているとはいえ、成人男性の佑介が避けられない程の速度で流れてきた。

「ねえ、ちょっと水の流れが速くなってない?」

「そうだね。いったん水から上がった方がいいかも」

同じことを考えていた友人の言葉に、真理奈は大きくうなずいた。そうこうしている間にも、川は水位を増し、穏やかだったはずの流れがいつの間にか、荒々しく勢いを増していた。おそらく直前まで降っていた雨の影響だろう。

「みんなー! 急いで水から上がって!」

真理奈は大貴を抱きかかえ、友人たちと浅瀬で遊んでいた子供たちを呼び寄せた。

「なんだなんだ。みんなそんなに川の水にびびってんのかぁ?」

佑介はあきれたように、流れの速くなった川の水をけり上げる。

「佑介、あんたも早くこっちに――」

真理奈の声をかき消すように、上流のほうから地鳴りのような音が響いた。思わず向けた視線の先では、岩を削るような勢いで龍のようにうねる水流が押し寄せていた。

真理奈が叫ぶ間もなく、佑介は濁流に飲み込まれた。

●夫が息子の目の前で川にのみこまれてしまった……!  後編「パパ死んじゃうかと思った」楽しいBBQが一転、軽率さが生んだ水難事故で気づけた「大事なこと」】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。