川に入るのが怖い

「あっ! 見て見て! カニがいるよ!」

「わぁー! ほんとだ! 歩いてる歩いてる!」

早々に食事を終えた子供たちは、川の浅瀬で元気よく水遊びをしていた。

「ちょっとー! あんまり深い場所まで行かないでよー!」

「はーい!」

トングを片手に友人が声を張り上げると、子供たちの元気な返事が返ってきた。冷たい水を感じながら歓声を上げ、無邪気にはしゃぎ回る姿はとてもほほ笑ましく、その光景を見ているこっちの心までなごむ気がする。一方、大人たちは焼けた肉や野菜をつつきながら、話に花を咲かせている。川のせせらぎをBGMに、家族や友人たちの笑い声が絶えず響き、楽しいひとときが流れていく。まるで絵に描いたような理想の夏休みだ。

しかし、そんななか息子の大貴だけは川に入らずにぽつんと1人でたたずんでいる。

先ほどから大貴は、他の子供たちが楽しそうに水しぶきを上げている様子を遠巻きに見ているだけで、川に入ろうとはしなかった。

「大ちゃーん! 変な魚がいたよー! こっちおいでー!」

気が付いて声をかけてくれる子供もいたが、大貴は「だいじょうぶー」と答えるだけで、川に入ろうとはしなかった。

もともと慎重な性格の大貴は、どうも川に入るのが怖いらしい。この春5歳になった大貴は、早生まれということもあって、同学年の子供と並ぶと一回り小さい。

思えば寝返りもハイハイもオムツが取れたのも、いつも同学年の中で1番遅かった。これは仕方のないことだと自分に言い聞かせながらも、真理奈の育児には常に不安がつきまとった。

親としての心配やもどかしさから、ついつい大貴を手助けしてしまっていたせいか、大貴は同世代の男の子たちと比べると、やや消極的な性格をしている。母親の真理奈としては、小学校に入るまでにもう少し自発性や積極性を身に着けてほしいと思っているので、幼稚園に入ってからはなるべく手を貸さず、大貴が1人でどこまでできるのかを見守るようにしていた。

今回も、1人で川辺にいる大貴の姿に心が痛んだが、川に入ることを強要するのは良くないと思い、真理奈はその場を動かなかった。しかし真理奈の意図を露とも知らない佑介は、持っていた酒の缶を置いて大貴に近づいていった。おそらく大貴が怖くて水に入れずにいる様子に気が付いたのだろう。佑介は、どこか懐かしそうな笑みを浮かべながら、立ちすくむ大貴に向かって話しかけた。

「パパも子供の頃、よく川で遊んでたんだよ」

大貴は不安そうな顔で、隣に立った父親の顔を見上げながら尋ねた。

「パパは……怖くない?」

「全然怖くないよ。ほら、こんなに浅いんだぞ。大貴も入ってみろ。溺れやしないよ」

佑介は大貴に語りかけ、ビーチサンダルを履いたまま川の中へと足を進めた。ハーフパンツの裾がぬれそうな深さに立った佑介は、パシャパシャと音を立てて川の中で水を蹴り上げてみせながら、優しく大貴を呼んだ。

「大貴、おいで。大丈夫だよ」

「でもぉ……」

しかし、佑介が手招きをしても、大貴はその場を動こうとしなかった。父親と一緒に遊びたい気持ちはあるものの、どうしても1歩が踏み出せないらしい。真理奈は少し離れた場所から、じっと2人の様子を見守りながら、心の中では大貴にエールを送っていた。

以前から大貴は、真理奈といるときにはうまくできなかったことでも、佑介と一緒ならできるということが多々あった。もしかしたら男の子というものは、父親と過ごす時間の方がポテンシャルを発揮できるのかもしれない。何にせよ、真理奈の胸中には、もしかしたら今回も佑介が大貴を成長させてくれるのではという期待もあった。

だが、あえて手を貸さずに見守り続ける真理奈とは反対に、佑介の口調は徐々に強くなっていった。