2度と食べられないかもしれない

「えっ⁉ こ、これって!」

曜子の反応に美恵子も驚く。

「何、どうかしたの⁉」

曜子は美恵子の質問を無視して見開いた目を佑香に向けてきた。

「佑香さん、これって山形牧場のアイスじゃない⁉」

「あ、そうそう。やっぱり曜子さん、知ってるんですね」

「もちろんよ! アイス好きじゃなくても、山形牧場は知ってるって!」

「な、何その山形牧場って?」

「元々牧場のオーナーだった方が開いたアイス屋さんですよ。最初は経営している牧場の近くで自家製アイスとして売り出したみたいなんですけど、それがとんでもなくおいしいって評判になって、東京に出店したんです」

曜子の熱意のある説明に美恵子は押されながらうなずく。

「こ、これ、しかも田中パーラーとコラボしたフルーツアイスじゃない⁉ これ目当てに全国からお客さんがたくさん来るから全然手に入らないはずなのに!」

「お中元に良いかなと思って、朝から並んでみたんです。そしたら運よく買えました」

美恵子は唇を震わせながら、佑香に目を向ける。

「通販で、買ったんじゃないの?」

「お義母(かあ)さん、これ店頭販売しかしてないんですよ。しかも数量限定。ね、佑香さん」

その光景を見て、美恵子は口をひん曲げる。

「そ、そんな大げさよ。だって並べば買えるんでしょ」

「このコラボ商品は期間限定なんですよ、もう2度と食べられないかもしれない商品だってテレビでやってたんです!」

曜子から強い口調で反論され、美恵子は押し黙る。

美恵子は2度と食べられないという単語を小さく復唱していた。

「それじゃあ、これ、リビングに持って行きますね。きっと俊之さんも喜んでくれると思います」

そう言って曜子は足取りも軽くアイスとスプーンを持ってリビングに行ってしまった。佑香は台所を見渡す。美恵子と2人、取り残された感じなのが若干気まずい。

「お義母(かあ)さんはお酒にしますか? 私、準備しますよ」

「……あれは、私のために買ったんだよね?」

美恵子は少し背中を丸めている。

「そうですよ。昨年、焼き菓子を送った時に、夏に冷たいものを送るくらいの気遣いがないのかって言われたので、アイスにしようと思ったんです。でもすいません、まさか普段食べられないとは気付かず……」

佑香は美恵子が何を言うのか察知してあえて気付かないフリする。

「ああ、いや、全く食べないってワケじゃないし……せっかくだからね、私が食べてあげてもいいけどね」

美恵子の言葉に佑香は笑みを浮かべる。

「気にしないでください。無理させるのは申し訳ないですから。私たちでおいしくいただきますよ」

佑香は食器棚からグラスを取り出した。

「お義母(かあ)さんはお好きなお酒を飲まれたどうですか?」

「いや、せっかくのあなたの好意だし、それをむげにするのも申し訳ないから……」

美恵子は口のなかでこねた言葉をぽろぽろとこぼしていて、佑香は思わず内心でほくそ笑んでしまう。

「お義母(かあ)さん、無理しないでくださいって。それとも、もしかして、やっぱり食べたくなっちゃったんですか?」

佑香はここぞとばかりに語気を強めた。

「ごめんなさい、そんなに人気のあるものだと知らなくて……ちゃんと考えて選んでくれていたのよね。つまらない文句を言って、本当にごめんなさい」

佑香は美恵子を見つめる。これまでのイヤミがチャラになるわけではなかったが、うなだれて謝る美恵子の姿に胸がすいたのも確かだ。

あまりやり込めても仕方がないだろう、と思った。そもそも佑香は美恵子に対してマウントを取ったりしたいわけではない。ごく普通の親族として、ごく普通に付き合っていきたいだけだった。

「私の分を食べていいですから、これ、リビングに持って行ってください。私はお風呂の準備をしますから」

「い、いいの?」

「いいんです。元々お義母(かあ)さんのために買ったものですから」

「……あ、うん、ちょ、ちょっと待ってて」

すると美恵子は台所から皿を1枚持ってきた。

「これ貴重なものなんでしょ。だったら2人で半分にわけましょう」

美恵子の提案に佑香はうれしくなった。ほんの少しだけ。ほんの少しだけだがうれしかった。

これで少しは風向きが変わるといいんだけど。佑香は美恵子とともに曜子たちがいるリビングへ向かう。

もちろん、アイスは自宅用にも買っていたけれど、そのことは黙っておくことにした。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。