宝くじの使い道は…
「ねえ、これ、ちょっと見て」
突然のことに驚いていたが、アルバムのカバーを見て、信之はすぐにそれが何なのか気付いた。
「懐かしいな」
信之はゆっくりとアルバムを眺めている。
「昔はお金なんてなかった。でも私たちはとても幸せだった。宝くじが1万円当たっただけで、大騒ぎして記念写真まで撮ってさ」
信之は目を細めて笑った。
「全くだ。今の一美のほうがよっぽど大人だな」
「覚えてる? あなた、宝くじが当たったら、家と車を買うんだって言ってた」
「ああ、そんなことばっかり言ってたな」
「でも、あなたは自力で家も車も買ってくれた。おかげで私たちはこうして生活ができているのよね。当たり前すぎて、私、忘れちゃってた」
麻里子はゆっくり頭を下げる。
「この宝くじ、あなたの好きに使って良いわ。たまにぜいたくするくらい、悪くないかもって思うわ。それに、そもそもあなたが当てたんだし」
麻里子がそう言って顔を上げると、信之は目を見開いていた。そして困ったように目線を落とす。
「不思議なもんだな。同じ写真を見ているのに、思い出す記憶が違うなんて……」
「どういうこと?」
「俺は昔から金遣いが荒かったからさ。出世して給料が上がると、調子に乗って飲み歩いて後輩におごったり、ゴルフにはまったらクラブをいつも買い替えたりしてな。周りの目を気にしてそんなことばかりしていた」
「……確かにそんな時期もあったわね」
当時は信之の金銭感覚が本当に信じられず、言い争うこともしばしばだったが、今ではもう笑い話だ。
「でもそのたびに麻里子が俺をしかってくれたよ。家を買うため、車を買うため、しっかりと貯金してくれた。無理やり定期預金に入れられたりしてな。だから麻里子がいてくれなかったら、家も車も買えなかった。今の生活はなかった。だから、この家も車も家族で手に入れたものだ。そんな言い方はしないでくれ」
柔和に目尻を落とす信之を見て、麻里子は温かい気持ちになった。
「さっき一美にも怒られたんだ。子供じみた反抗で旅行雑誌なんか買ってきてばかばかしいって。1000万も当たったから浮き足立って、大事なことを忘れてたよ」
「うん……私も。ごめんなさい」
「俺もごめん。それでさ、考えたんだけど宝くじの使い道だけどさ、まあ、今は保留ってことにしておかないか? 1年以内なら、いつでも交換はできるみたいだから」
麻里子はうなずいた。大切なのはお金ではなかったし、まして当たった宝くじの使い道なんかではない。一美の言っていた通り、こんなことでけんかするなんて意味が分からない、だ。いつかきっとこのけんかも、長い時間がたつことで笑い話になっていくのだろう。
「そうね。もっとたくさん話しあえば、きっと良い着地点を見つけられるはずだしね」
「ああ、俺たちはずっとそうしてきたからな」
話が決まったところで、信之は大きく伸びをする。
「一美はどうしてる?」
「あの子、遊びに行っちゃったわ。多分、帰ってくるのはまた夜になるわね」
「そうか、それじゃあ、久しぶりに外にでも食べに行こうか」
信之の提案に麻里子は気持ちを弾ませる。
「いいわね、前から気になってる店があったの」
そう言って準備をするため、クローゼットへ向かう。信之と2人きりで出掛けるなんて何年ぶりだろう。麻里子は思い返したが、どうでもいいとすぐに頭を切り替えた。とにかく楽しみだという気持ちがあれば十分だろう。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。