<前編のあらすじ>

佳則(41歳)は、娘の美波(1歳)が40を過ぎて遅くにできたからこそ、尚更に可愛かった。

GWに実家に帰った際、母が美波を「パパに似なくてよかったね~」と冗談交じりにあやしていた。美波は美人の妻に似ていて、自分に似なくてよかったのはその通りだが、前々から気になっていた事が母の言葉でより強く意識されるようになってしまった。

葛藤の末、佳則は妻に内緒で娘の毛髪をDNA鑑定に出した。約10日後、返ってきた結果は、佳則と美波の血縁関係を否定するものであった……。

●前編:「パパに似なくて良かったね~」幼い娘への“疑惑”…妻に内緒でDNA鑑定をした男性を襲った「まさかの展開」

自分が知らなかったことにすればいい

あの日、佳則はどうやって部屋に戻ったのか全く覚えていない。とにかく鑑定結果の封筒を隠さなければとかばんにしまい込んだ。

佳則は、結婚したばかりのときのことを考えた。奈々子が美波を身ごもったのは結婚して1カ月がたったとき。奈々子からその報告を受けたときは飛び跳ねたくなるほどうれしかった。佳則は40歳で奈々子は35歳だった。子供を授かるにはお互いギリギリだろうと思っていた矢先の出来事だったので、まさか他人の子であるという疑いなんて全くなかった。

しかしそれでも、佳則がどんなに否定をしても、美波は他人の子なのだろう。受け入れられなくとも事実は変わらない。たった1枚の紙切れで、佳則の幸せはズタズタに切り裂かれてしまった。美波がようやくつかまり立ちを始めたことも、素直に喜ぶことができなかったことが、その何よりの証拠なのだろう。

それからというもの、佳則は家に帰るのが気が重くて仕方なかった。駅を降りて、自転車を手で押して帰る。このまま家を通り過ぎて、どこかの漫画喫茶で寝泊まりをしようかと思ったことも何度もあった。しかしそれはできなかった。急に帰らなくなったら奈々子が驚くだろう。そうなると、鑑定結果のことを話さないといけなくなる。

このバラバラになった幸せでも、まだつなぎ留める方法がある。佳則が知らなかったことにすればいいのだ。今まで気付かなかったのだから、これからも気付かないふりをし続ければ良い。そうすれば、すべてが丸く収まる。そもそも娘のDNA鑑定をしようだなんて思ったことが間違いだったのだ。

だいたい、DNA鑑定の精度だって完璧ではない。もしかすると0.01%未満の失敗がたまたま美波の鑑定で起きたのかもしれない。

自分が我慢するだけでいいんだ。全部忘れるだけでいいんだ。毎日、佳則は自分にそう言い聞かせながら家の扉を開けた。