あれ、誰の子だよ?

その日は朝から頭が痛く、起きることができなかった。

休日だったので、痛みが和らぐまで寝て、結局、ベッドから体を起こしたのは昼過ぎになってからだった。

なんとかベッドから出て食卓に座ると、奈々子が心配そうに声をかけてきた。

「大丈夫?」

「……ああ」

誰のせいで、と思わず言いそうになった。

リビングでは美波が気持ちよさそうに寝ている。他人の子が、自分の家ですやすやと寝ている。単純にどうしてこんなことが起こっているのか疑問だった。

「ねえ、あなた、最近ちょっと変じゃない?」

「変って何が?」

「あんなにかわいがってた美波の相手をあんまりしないようになったし」

また頭が痛む。気付かれていた。どうにかして以前と同じように接していたつもりなのだが、やはり奈々子には見破られていた。

他人の子と分かってから、佳則は美波とどう接して良いのか分からなくなっていた。正面から顔を見られなくなっていたのだ。

佳則が黙り込んでいたからか、奈々子が佳則の手を握ってきた。

「何でも言って。私、力になるから」

心配そうに眉根を下げる奈々子にかつてない怒りを覚えた。佳則は奈々子の手を振り払った。

「あれ、誰の子だよ?」

自分でもびっくりするほど冷たい声が吐き出された。その瞬間、奈々子は目を見開き、瞳をキュッと小さくする。

「……え?」

「誰の子供かって聞いてるんだよ?」

奈々子はすぐに笑顔を作る。

「誰って、あなたと私の子じゃない」

「うそつけ。全然俺に似てないだろ」

「お義母(かあ)さんが言ってたこと気にしてるの? だったらそんな――」

佳則は言葉を遮るように立ち上がり、戻った寝室のかばんから封筒を引っ張りだしてきて、奈々子へと突きつけた。奈々子はしらじらしくも意味が分からないといった顔で封筒を受け取り、ぼうぜんと佳則を見上げていた。

「これを見ろ。DNA鑑定の結果だ」

奈々子は目を見開き、封筒を抱きしめた。言葉なんてなくてもよく分かった。

「いつからだ、いつから俺をだましてた……?」

もう知りたくもないのに、考えたくもないのに、腹の底に押しとどめておいた感情が佳則の感情とは関係なくほとばしる。

「他人の子供を育てさせて、心の底で笑ってたのか? 俺を哀れなやつだと、ばかにしてたのか?」

「……本当にごめんなさい。前の夫は、いつもお酒を飲むと、暴力をふるう人だったの。それで逃げ出すような形で離婚をしたから、誰にもそのことを言えなかった。もしバレて、前の夫に見つかったらと思うと怖くて」

「なんだよ、それっ⁉」

佳則は頭を抱えた。うそつけとののしりたかった。しかし付き合っているとき、奈々子はデートをあまりしたがらず、家で過ごすことを好んでいた。外を出歩くときも、いつも誰かの視線を気にしている節は確かにあった。美波を身ごもってからは、買い物は佳則の役割になり、奈々子はほぼ外出する機会がなくなった。それはすべて、前の夫から隠れるためだとすれば、つじつまが合ってしまう。

佳則は何も言えなかった。仮に奈々子の言葉が真実だったとしても、あの薄っぺらい紙が突きつけた事実をどう受け止めたらいいかがいまだに分からない。

「だから何だって言うんだよ……」

「ごめ、ん、なさい……」

奈々子は震える声で謝罪をした。

「……知ってて隠してたのか?」

「違う。本当にそれはない。でも、あなたには似てなくて、それで、もしかしたらとは思ってた」

奈々子は顔を伏せる。