妻への不信感はつのるばかり
「おかえり」
奈々子が笑顔で迎えてくれる。
「今日も遅かったね。最近、忙しいの?」
「ああ。ちょっと立て込んでてさ。…しばらくこんな感じが続くかも」
佳則は何となく保険を張るような発言をする。それを聞き、奈々子はぎこちなく笑った。
「あ、そ、うん、分かった。家のことは心配しなくていいからね。私一人でも美波は見れるから」
「うん。じゃ、着替えてくるよ」
そう言って横切る佳則を奈々子が呼び止めた。
「あなた、何でも相談してね」
おどけたように声をかける奈々子。それに対して佳則は何て返答して良いのか分からず、ただうなずいた。
部屋に入り1人の時間になったときだけ落ち着いて息を吸えるような気がしたが、それでも頭の中は奈々子への疑惑で埋め尽くされている。
よくよく考えれば、奈々子は優しすぎた。けんかはたったの1度もなく、子育てだって至らないところばかりな佳則をいつも笑って許し、支えてくれた。良い人と結婚できたと、能天気に思っていた。しかしこんなに優しいのは後ろめたいことがあったからなんだと分かる。今までの幸せだった日々が全て偽物だったように思えてしまった。
佳則はふと自分と美波との関係が気になった。美波はいったい誰の子なのだろう。法的にも認めざるを得ないのだろうか。血もつながっていない子供を、自分の子供と認め、育て続けなければいけないのだろうか。知ったってどうにもならないのに、スマホをタップする指は止まらなかった。
いろいろと調べた結果、分かったのは法律上の父親は佳則だということ。結婚しているときに生まれた子供は血縁関係がなくても、佳則の子供だと認定されるらしい。
「そんなむちゃくちゃな……」
皮肉でも嘆きでもなく、佳則は本当に意味が分からずそうこぼした。
以前は俗にいう「離婚後300日問題」として、離婚後300日以内に生まれた子供は前夫の子供ということだったが、2024年の春に法律が変わり、300日以内であっても、再婚していれば、再婚相手の子供として認められることになったらしい。
佳則と奈々子は付き合い始めて3カ月で婚約をした。奈々子の妊娠が分かったのはそれからだいたい1カ月後。よく見るとふっくらとしてきたおなかをさすりながら、報告してくれた奈々子の表情を今でもよく覚えている。
よく考えることができていれば、時期がおかしいことに気づけていたのだろう。だが40歳を過ぎて手に入れた念願の家庭に、疑う気持ちなんて持つはずもなかった。いや、考えないようにしていたのかもしれない。いずれにせよ、全てがまやかしで、全てが間違いだったのだ。
佳則は調べたことを後悔していた。もう何も考えられず、佳則はベットに伏せた。夢に沈む以外に、このどうしようもない現実から逃げる方法がなかった。