“未経験”の壁

ハローワークの相談員は難しい顔をしながらも、いくつかの会社を紹介してくれた。最初に面接を受けたのは地元企業だった。主に梱包(こんぽう)用の資材を製造する会社で、営業部門の募集があるとのことだった。

四十がらみの面接官は、笑顔で涼を会議室に招き入れた。しかし貼り付けたような笑顔に、涼の緊張感は増していった。

「へぇ、元プロ野球選手なんですよね? スゴいですね、なんていうチームだったんですか?」

面接官は涼が野球選手だったという部分に食いついた。涼は自分のアピールも兼ねて、現役時代の話をした。

「そうですか、そうですか。どうして引退を? スポーツの世界は分かりませんが、31歳くらいならまだまだいけるでしょ。ほら、イチローとか」

涼は苦笑いをする。もちろんレジェンド級の名選手と比べられたからではない。引退の理由を話すには、けがのことを話さなければいけないからだ。ハローワークの相談員は、仕事に支障がないならけがのことを話す必要はないとアドバイスをしてくれた。しかし話すのが自然な状況でそれをうまくかわせるほど、涼は器用ではなかった。

「実は、5年目に腰椎分離症というけがをしてしまいまして……」

「そうですか。体力的にもかなりハードで、資材の運搬や仕分けをしてもらうこともあるんですが、そのあたりも大丈夫そうですか?」

「もちろんです! 先日、引っ越しの際にはかなり重い荷物なんかもしっかり運んでます」

実際、かなり強い負荷をかけなければ腰は問題ない。加えて皮肉なことに野球から離れて以降、腰の調子は現役時代よりもはるかに良くなっていた。

しかし面接官は2度うなずいて、それ以上の反応は示さず、再び履歴書に視線を落とした。

「運転免許は持っていると。……WordやExcelを使ったことはありますか?」

「高校の時に授業で少し習ったくらいで、あまり……でも、一生懸命覚えます!」

「ははは、大丈夫ですよ。簡単な資料作りや数値入力程度なので」

面接官は笑っていたが、その声はどこか冷ややかだった。

「とはいえ、31歳でオフィスワークが未経験だと難しいかもしれないですねぇ。ほら、うちなんて何ぶん小さい会社でしょ? 未経験者を育てるっていうのもねぇ……」

それがお断りを意味する発言であることすら、涼が気づくにはしばしの時間が必要だった。次の会社も同じだった。最初、元プロ野球選手という肩書に注目してくれるも、業務に必要なスキルや経験の話になると、眉をひそめ、声音が冷ややかになった。

簡単なビジネスソフトですら使ったことがなく、頼みの綱である身体にも爆弾を抱えている。野球しかしてこなかった人間が、いいや、その野球ですら使い物にならなくなった人間が、社会にとってどれだけ不必要な存在であるかを、涼は思い知らされていた。

●暗雲の立ち込める涼の就職活動、現状を突破する方法はあるのだろうか……? 後編「正社員になれずバイトを続け…」元プロ野球選手の悲惨な生活を救った恩師の“思ってもみなかった”言葉】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。