ノーヒット、三振
3打数ノーヒット、2三振。それが涼の野球人生、最後の成績だった。
もちろんどこの球団からも声がかかることはなく、涼は引退するほかに選択肢がなかった。
「それじゃあ、この段ボール、玄関に持ってくね」
「ありがと。重いから気を付けて」
「これくらいは大丈夫」
涼は笑顔で楓に応えた。引退した涼は、住んでいたマンションから2人の地元へと引っ越すことにした。新しい家のある地域は風光明媚(めいび)な場所で、来年小学生になる新奈が育つ環境としても申し分ない。何より楓の実家が近くにあるというのが大きかった。
「ねえ、涼?」
楓は業者に処分用で出す段ボールの前に立っている。
「これ、本当に捨てちゃっていいの?」
そこには今まで苦楽を共にしてきた野球道具たちが入っている。楓の心配そうな表情を払拭するように涼は笑う。
「いいんだ。昔のことはスパッと忘れて、新しいスタートを切るんだからさ」
楓は曖昧な表情でうなずいていた。