息子の異変

宣言通り、夫は北海道のトムラウシ山へと向かった。土曜日の朝のことだった。難易度が高く、人が亡くなるような遭難事故も起きている山ということで心配だったが、瞳は大きなザックを背負った夫を見送るしかなかった。

夫を見送った瞳は、直太朗を近所の公園に連れて行った。2人でブランコや砂遊びを楽しんだ。

公園には子どもを連れた父親の姿も少なくない。もう母親だけが子育てする時代ではないということがよく分かる。直太朗ももっと父親と遊びたいだろう。

せっかくの土曜日なのに、瞳はなんだか切ない気持ちになってしまった。直太朗はあまり手のかからない子どもで、瞳に反抗したりすることがほとんどないのが救いだった。

次の日の朝、直太朗に異変が起きた。顔を真っ赤にし、悪寒で身体をぶるぶると震わせている。慌てて熱を測ると、なんと40度を超える高熱だった。

こんなことは初めてだった。

男の子は女の子より病気にかかりやすいと聞いたことがあったが、直太朗はこれまで大きな病気をしたことがない。せいぜい軽い風邪をひいて保育園を1日休む程度だった。

しかし、今回はただ事ではない。

直太朗は何も言葉を発することができず、はあはあとつらそうに息を吐くばかりだった。瞳は急いで救急車を呼んだ。手の震えが止まらなかった。

まさか、息子がこんなことになるなんて、想像もしていなかった。昨日まであんなに元気に遊んでいたのに。

救急車を待っているあいだ、智樹のスマホに電話をかけたが、つながらなかった。すでに登山を開始しており、電波の届かないところにいるのだろう。智樹に電話がつながったからといって状況が劇的に好転するわけではないのだが、この状況に自分ひとりで立ち向かわなければいけないと思うと、今にも気が狂いそうだった。

そうこうしているうちに救急車が到着し、救急隊員が家の中に入ってきた。ひときわ大柄な退院が直太朗を抱き上げ、救急車の中に運んでいく。

「直くん、もう大丈夫だからね」

救急車に同乗した瞳は直太朗に声をかけた。直太朗は小さくうなずくこともできない。瞳の不安はさらに大きくなった。もしも、万が一のことがあったらどうしよう。そんなことになる可能性は1%もないと自分に言い聞かせようとしたが、その1%があまりにも大きすぎるように感じた。

救急車が病院に向かうあいだ、瞳は何度もスマートフォンを確認した。しかし、病院に着くまでのあいだに夫から折り返しの電話がくることはなかった。

●こんな時に夫は何をしているんだろう……!不安と怒りに押しつぶされそうな瞳がとった行動は……? 後編【「息子がこんなことになるなんて…」幼い息子を放置し5日間も山へ行った「夫の趣味」が許せない妻のとった行動とは】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。