車窓から見える茶畑の緑は鮮やかだった。

母親の話ではお茶農家も昔に比べるとかなり減ってしまったらしいが、それでもこの辺りが日本有数のお茶の産地であることに変わりはない。茶畑を眺めながらぼんやりしているうちに、近藤慎之介を乗せた電車は駅に到着した。

東京駅から静岡駅まで新幹線を使い、そこからは鈍行でここまで来た。

数年前に帰省したときに比べて、駅の様子はほとんど変わっていない。毎年のように利用者数が減っている駅をリニューアルする理由もないのだろう。

そんな駅の改札を出ると、母親が車で迎えに来てくれていた。息子の姿を見ると、母親は小さく手を振った。最後に会ったときに比べて、少し小さくなったように感じる。

「ただいま」

「おかえり! ずいぶん久しぶりの帰省だね」

「悪かったね。仕事が忙しくてなかなか帰れなかったんだよ。でも今は無職だから、今回はちょっとのんびりしようかな」

「都会暮らしも大変でしょ。久しぶりだし、ゆっくりしていけばいいよ」

帰省の理由

1週間前、近藤は勤めていたIT企業を退職した。

40歳で課長という決して悪くないポジションにいたが、他社からヘッドハンティングでやってきた部長ととことんソリが合わず、仕事をめぐって何度も衝突した。

部長に疎まれた近藤は、次第に重要な案件を任せてもらえなくなった。それはITの営業マンとして着実にキャリアを積み上げてきた近藤にとって大きな屈辱だった。

そして、部長ととんでもない大げんかをした末に退職した。

書類のうえでは自己都合退職だが、近藤はまるで自分が解雇されたような屈辱感を抱えていた。

大学を卒業してからずっと同じ会社で働き続けてきた。時には月の残業時間が80時間を超えることもあるような会社だったが、仕事は面白く、近藤も大きなやりがいを感じていた。

そんな仕事を突然失った。

数日間家でゴロゴロしていたが、再就職活動をする気も起きなかった。貯金はそれなりにあるし、独身ゆえに当面の生活には困らない。

『そういえば、最近ぜんぜん帰省してないな』

仕事の忙しさを言い訳に、ここ数年は盆も正月も実家に帰っていなかった。

なんだか、故郷に呼ばれているような気がした。母親が運転してきた車に乗り込み、実家へ向かう。

実家に帰ると、父親が待っていた。

もう70歳になっているが、大柄なこともあって威圧感がある。

「よく帰ってきたな。お母さんから仕事を辞めたというのは聞いてるけど、次は決まってるのか?」

いきなり嫌な質問をしてくる。

「いや、次はまだ決まってないよ」

「次の仕事も決めずに辞めたのか! お前、それは社会人としてありえないんじゃないか!」

「申し訳ないとは思うけど、俺にもいろいろあるんだよ」

「そんなことをしてると、信用をなくしてどこにも再就職できなくなるぞ。だいたい、会社というのは基本的に入社したら一生勤め続けるものなんだ!」

まさか、実家に帰っていきなり父親にこんなことを言われるとは……。

地元の銀行を定年まで勤め上げた父親からすれば、次の仕事も決めずに会社を辞めるような人間の存在が信じられないのだろう。

「まあまあ、慎之介も疲れてるし、その話は後にしましょう」

母親が助け舟を出してくれたおかげで、近藤はなんとか父親から逃げられた。