予期せぬ再会
実際に行ってみると、休日ということもあってたしかに混んでいる。やはり家族連れが多く、子どもの楽しそうな声が館内に満ちあふれている。子どもをしかったりあやしたりする親の声も。
しかし、本当にすごい空間だ。
洋服、アウトドアグッズ、家具、家電、本、食品などなんでも売っている。
ジムやスーパー銭湯、映画館まであるのだから驚きだ。
このショッピングモールの中に住めば、敷地から一歩も出ずに暮らせるだろう。
家族連れでにぎわっているフードコートで食事を済ませ、館内をぶらぶらしていると、いきなり声をかけられた。
「もしかして、近藤?」
声をかけてきたのは、ちょうど同年代ぐらいの男性だった。
「え?」
近藤はしばしその男性の顔を見つめていたが、すぐに高校時代の同級生だった辻だということに気がついた。
「もしかして、高校で一緒だった辻?」
「そうだよ! 本当に久しぶり。まさかこんなところで近藤に会えるなんて思わなかった!」
辻は奥さんと中学生ぐらいの男の子と一緒だった。
「家族連れで来てるの?」
「そうだよ。たまにはこうやって家族サービスしないと」
辻はにこにこ笑いながらそう言った。
高校生の時、近藤と辻にはかなり差があった。
近藤の成績は学年でもトップクラスだったので、東京の有名私立大学に進学した。運動が苦手だったので、せめて勉強だけはできないと恥ずかしいと考えて懸命に勉強したおかげだった。
「あいつは運動も勉強もできないダメなヤツ」とだけは思われたくなかった。
運動神経は普通だったが勉強が得意ではなかった辻は高校を卒業しても進学はせず、地元の自動車部品工場に就職した。
クラスメートということでそれなりに仲良くしてはいたが、近藤は心の中で辻を見下していた。
久しぶりの再会ということで、近藤と辻は少し立ち話をした。辻の息子は退屈そうにあくびをしながら、その様子を見つめている。
辻は高校を卒業してからずっと同じ自動車部品工場に勤めており、現在ではライン長を務めているそうだ。
20代の頃に結婚し、すでに3人も子どもがいるというのには驚いた。いちばん上の子どもはすでに成人しており、今日いっしょに来ているのは三男だという。
「そういえば、近藤はどうしてるの?」
辻にそう聞かれ、近藤は答えに窮した。
仕事を辞めて実家でのんびりしているなんて、とても言えなかった。
「東京のIT企業で課長やってるよ。有休がたまっちゃったから、休みを取って帰省してるんだ」
「そうかあ。東京とかいいなあ。たしか大学も東京だったよな。俺も大学行きたかったけど、勉強できなかったしなあ」
そうは言うものの、辻は幸せそうだった。
自分を卑下できるのも、現状に満ち足りているからだろう。仕事も順調で、奥さんと息子もいるのだから、不満があるはずもない。
「それじゃあ、またな」
「うん。東京にいると難しいだろうけど、たまには地元帰って来いよ」
お互いの連絡先を交換し、辻と別れた。
辻とその家族の姿が人ごみに消えると、近藤は大きくため息をついた。
ずいぶんと情けないうそをついてしまった。
自分がひどく恥ずかしいことをしたような気持ちだった。
● 近藤の「休暇」は思わぬ方向で終わりを告げる……。後編【「昔お前を殴って悪かった」病で気弱になった父…元エリート会社員が田舎で起業を決心した“屈辱の理由”】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。