まだ夕方4時だというのに、オレンジ色の夕日が事務所を照らしていた。このところ、すっかり日が落ちるのが早くなってしまった。そして、間宮孝太郎には夕日を美しいと感じる余裕はなかった。

『時間をかけて文章を練ったし、今回はきっと大丈夫。自分を信じろ』

ネジ工場に併設された事務所の中で営業資料を作りながら、間宮は自分に言い聞かせた。高校生の頃からミステリー作家になりたくて、何十回と新人賞に応募してきた。有名ミステリー作家の名前を冠した新人賞の最終候補に残ったことはあったが、いまだに受賞の栄に浴したことはなかった。ミステリー作家を夢見ながら、もう40歳になっていた。

これまで、夢のためにいろいろなものを犠牲にしてきた。仕事が終わった後に執筆の時間を確保したいので、必要以上に残業することは決してなかった。職場の飲み会にもほとんど参加したことがない。付き合いが悪く、営業成績も平均を下回る社員が上司から評価されるわけもなく、40歳になった今でも平社員だ。もしも会社の経営が悪化すれば、真っ先に整理解雇の対象になるだろう。平社員でも、独身なので生活に困らないのがせめてもの救いだった。

大学を卒業してからずっとこの中堅ネジメーカーで働いているが、小説家志望だということを会社の誰かに明かしたことは一度もなかった。どうせばかにされるだろうし、下手をすれば「そんな夢みたいなこと言ってないで、もっと仕事に打ち込め」と説教されるのがオチだ。

数ヶ月前、間宮は執筆に2年以上費やした力作で「想伝(そうでん)ミステリー新人賞」に挑んだ。ミステリーやSFに強みのある想伝出版が主催する新人賞で、受賞すれば300万円の賞金と単行本の出版が約束されている。これまでに何人もの有名ミステリー作家を輩出してきた歴史ある新人賞だ。その賞に応募するにあたり、しっかりとアイデアを練り、人物の造形にも注力し、満足いくまで何度も書き直した。そのかいもあって最終選考まで生き残れた。

そして、最終選考の結果が今日発表されることになっていた。受賞者には、想伝出版の担当者から電話がかかってくるということだった。間宮はスマホで時間を確認した。16:15だった。さすがに賞の審査は終わっているはずだ。それなのに電話がないというのは、やはり今回もダメだったということか……。