最終選考の結果は…
「間宮さん、なにかありました?」
後ろから突然声をかけられ、間宮は思わずびくっと反応してしまった。後輩の鈴木だった。いわゆる「コミュ力が高い」タイプの人間で、間宮が苦手にしている上司ともうまく関係を構築し、営業成績も間宮とは比べものにならないほど良かった。
「いや、別になんでもないよ」
間宮は笑ってごまかした。周囲から評価の高い鈴木だったが、間宮はあまり好きではなかった。自分の被害妄想かもしれないが、鈴木がなんとなく自分をばかにしているように感じていた。40歳になって主任にもなれず、ずっと平社員の自分はばかにされて当然かもしれないが……。
鈴木から逃げるようにトイレへ向かった。個室に入り、どかっと腰を下ろした。会社の中でこの空間がいちばん落ち着く。用を足すわけでもなく、ぼんやりと個室の扉を眺めていた。誰がつけたのか分からないが、真っ白な扉の真ん中に小さな十字の傷がある。いったい、誰がつけた傷だろう。もしかして、なにかのメッセージなのだろうか。いつもミステリーのことばかり考えているせいか、ふとしたきっかけで想像を巡らせてしまう。
時刻が気になって、ポケットからスマホを取り出した。画面に「不在着信」の文字が表示されていた。それを見た瞬間、心臓が一気に跳ね上がったような気がした。念のため、番号を確認する。見たことがない電話番号だった。取引先でもなければ、福島県に1人で住んでいる母親でもない。
画面に表示されている不在着信の電話番号をクリックすることにためらいはなかった。着信音が何度か鳴り、誰かが電話をとった。
「はい、想伝出版です」
間宮は思わずぎゅっと拳を握りしめた。何度も諦めかけたが、自分はついにやってのけた。亡くなった父親には「お前みたいな凡人が小説家なんて」と何度も説教された。しかし、自分は決して間違ってはいなかった。目頭が熱くなっていた。薄暗い会社のトイレの中で、間宮は歓喜の涙を流した。