<前編のあらすじ>
将範は長らく勤めた会社を定年退職し暇を持て余していた。仕事を辞めれば時間ができ、やりたいことができると思っていた。だがやりたいことが思い浮かばない。1億円近い資産があるので働く必要はない。しかし、定年後も働き続ける知人の気持ちが今では痛いほど分かるようになった。
妻の愛子は今の暮らしで十分満足していると言う。家にいても苛立つだけだと思い、将範は散歩に出かける。そこで犬を連れた若い男とすれ違う。男が来た方向を見ると、そこに犬のものと思しき糞があった。飼い犬の糞の始末もできないのか。将範は男に怒りを爆発させるが、男の方は全く身に覚えがないという。
前編:資産1億円があっても満たされない…定年退職後、無趣味な男性がたどり着いた退屈すぎる老後の悲劇
口論は次第にヒートアップ
「いいから掃除をしろ! 俺の言ってることが分からないのか⁉」
「だからなんで俺がそんなことをしないといけないんだよ⁉」
「お前の犬が出した糞だからだよ! そんなことも分からないのか!」
「だーかーら、うちじゃないって言ってんでしょ。爺さん、暇なのか?」
「何だと⁉」
「ちょっと何やってるの?」
口論を続けていると、いつの間にか通行人たちが集まっていた。見かねた大柄な男性が強い力で間に入り、将範と男を引き離す。
「落ち着いて。なんで喧嘩なんてしてるの? あっちの男性はご家族?」
「そんなわけないだろ! あんな出来損ないが俺の家族にいるわけあるか! あいつが犬の糞を処理せずに帰ろうとしたから注意したんだ。そうしたら怒ってきたら俺はそれに対応していただけだ」
「だから、俺じゃないって言ってるんですよ、何度も。それなのにこの人、全然理解できないみたいなんすよ」
「あいつは飼い主として何の責任感も持ってない。ああいう奴がいるから街の景観が汚されるんだ……!」
「まあまあ落ち着いて。おじいさん、もう家帰ろう」
「うるさい! 十分落ち着いている! あの無責任な小僧から犬を取り上げろ!」
そのうちどこからか騒ぎを聞きつけた警官が走ってきた。警官は一通り事情を聴いた後、その場を収め、将範を連れて交番へ向かった。交番まで歩いている途中も、将範は何度も犬の飼い主の無責任さを叫び続けた。警官は「うんうん」と聞いているのか聞いていないのかよく分からない相槌を打ち続けていた。