突然舞い込んだオイシイ話

「資産形成塾」にも2年近く通ったある日、会合を終えて会場だったレストランを出たところで、小笠原は見ず知らずの男から声をかけられた。男は自らを「田沼」と名乗り、「小笠原さんに興味を持っていただけそうな話があるので、少し時間をつくってくれませんか」という。小笠原は、自分の名前が知られていることに驚いたが、「資産形成塾」の後は、いつも自宅に帰って寝るだけだったので「少しなら」と応じた。

田沼に連れていかれたのは、特に看板らしき看板も出ていない、小さなバーだった。促されるままにウイスキーを注文した小笠原だったが、ウイスキーを出してバーテンダーが店の奥に去ると、その店には田沼と2人きりしかいなかった。田沼は、「不労所得を得て大きな財産をつくりませんか?」と話し始めた。「不労所得というと、抵抗があるかもしれません。要は、株式の配当や不動産の賃貸収入のような定期的に労せずに入ってくる資産収入のことです。この収入を複利で運用して増やします。『ほったらかし投資』です。小笠原さんご自身は、日常の仕事を普通に頑張ってください。資産の方を普通ではない形で大きく増やします」という。小笠原は、飲んだウイスキーに心地よく酔いながら、田沼の話に引き込まれていった。

田沼の話は、何に投資するということよりも、この「ほったらかし投資」を始めることで、生活にどんな変化が起こるのかということに集中していた。小笠原は、「1億円を作ってFIREしたい」という希望を伝え、そのために毎月5万円を積立投資する契約書にサインした。積立投資はクレジットカードを使って行うということで、その場で手続きも終了した。また、現在400万円分を投資信託で運用していたが、それらを全て解約して田沼の指定する口座に振り込むことにした。

それから、毎月15日にクレジットカードから5万円が支払われるプログラムがスタートした。田沼の話だと、年5%ちょっとの利回りで資産が運用され、毎月分配金が出てその分配金を再投資するという仕組みで運用が続くという。運用状況は、スマホに搭載したアプリでいつでも確認できるという話だった。小笠原は、田沼の話を100%信用したわけではなかった。少なくとも半年、田沼のいうように、年5%の分配金が毎月出て、それが再投資に回るという実績を確認しないと安心できないと考えていた。

そして、契約から半年後、その月の分配金の金額を確認し、約束通り、元本に対して年5%の利回りに相当する分配金が入金されていた。それを確認すると、小笠原の気持ちがスッと軽くなった。このまま、30年間続ければ約6000万円の資産ができる。何度も複利計算して確かめた結果が、もう手に入ったようなものだと感じられた。もちろん、6000万円ではFIREはできない。ただ、今の給与でも工夫すれば毎月5万円を投資に回すことは無理なくできることがわかった。役職手当がつくようになれば、それを投資に回せば将来の資金はもっと大きくなる。であれば、今の仕事も悪くないと思えた。

小笠原の目論見は果たして成功するのか? 後編【安定配当の超優良株の転落…「ほったらかし投資」の落とし穴】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。