片付けを頼んだ翌日の朝

午前の光がレースのカーテンを透け、テーブルの天板に薄い格子を落としていた。祐子は洗濯物を畳みながら、鉛筆が走る音を聞く。久実はカーペットに足を投げ出して、ノートの端に小さな字を詰め込んでいた。こむぎはその足元に寝そべり、久実の足首に体を寄せている。久実は視線を上げないまま、つま先で背をゆっくり撫でた。

「こむぎ、今日もくっつき虫だね」

「久実、自分の部屋で勉強したら?」

「んー、でもこっちの方が落ち着くんだよね」

ローテーブルの下にはまた物が増えている。付箋のついた単語帳、マーカー、プリント、消しゴム。祐子はしゃがんでペンケースを拾う。

「それはいいけど、あんまり散らかさないでよね」

「あ、ありがと。それよりさ、今回のテスト範囲、鬼なんだよ」

「頑張ってるのはわかってる。でも、足元くらい片付けて。ここはみんなのリビングなんだからね」

「えー、今いいとこなんだけど」

久実は口を尖らせたまま、こむぎの頭を指先で軽くぽんと叩く。散らかった床には目が向かない。

「踏みそうで怖いのよ。誰かが転んで怪我でもしたら笑えないでしょ」

「う、わかった。あとで……」

「あとでっていつ?」

「あとではあとで」

「じゃあ、私が買い物から戻るまでに片付けること」

そう言うとカバンに財布とエコバッグを入れ、玄関へ向かう。靴を履きながら祐子は振り返った。

「じゃあ私、行ってくるね。パンいるでしょ?」

「いる。あとヨーグルトも」

「了解。じゃあ、その間に床だけは何とかしてよ」

「わかってるってば」

久実は不満そうに言いながらも、椅子の周りの紙をまとめ始めた。祐子は鍵を掴み、ドアノブに手をかける。室内から鉛筆の音がまた戻り、こむぎの爪が床をかすめる小さな音が重なった。

買い物から戻ると異変が

買い物を終え、両手に袋を提げて玄関を開けた祐子は部屋のなかの空気の違いに目を見張った。いつもなら、こむぎが駆けてくる音が真っ先にするはずだが、今日は聞こえない。

代わりにリビングから、息を詰めたような久実の声が漏れていた。

「やだ、こむぎ、お願い……」

靴を脱ぐ手がもつれ、祐子はそのまま廊下を抜けた。

リビングのローテーブルが斜めにずれ、床にはプリントと単語帳が散っている。久実はカーペットに膝をつき、こむぎの首元を抱くようにして固まっていた。

●娘の久実が「自分で責任を持って飼う」と約束して迎え入れた愛犬・こむぎ。しかし世話はすべて母・祐子に押し付ける日々が続く。ある日、買い物から戻った祐子が目にしたのは、ぐったりしたこむぎと、震える久実の姿だった…… 後編【「ごめんなさい。お母さんに何度も言われたのに」愛犬の命を危険にさらした中学生娘が流した涙の理由】にて、詳細をお伝えします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。