家族の温度差が浮き彫りに

夕食の皿を並べ終えた祐子は、椅子に腰を下ろしてから久実を見た。先に食事を終えたこむぎは久実の足元に伏せ、時おり鼻先を動かすだけで静かにしていた。

「久実、明日さ。学校から帰ったら、お散歩お願いできる?」

久実は噛み切れないものを飲み込むかのように、いったん口を閉じた。

「明日……部活長引くかも。帰ったら宿題もあるし」

「じゃあ、何時ならできるの?」

祐子は声を低くしたが、久実は困った顔で笑うだけだった。

「わかんない。できたらやる」

返事を探している間に、直哉が「まあまあ」と口を挟んだ。

「久実だって忙しいんだよ。今だって、こむぎをかわいがってるだろ? それで十分じゃないか」

十分、の基準が違う。

祐子は反論しかけて、喉の奥で止めた。ここで言い負かしても、明日の散歩当番が自分じゃなくなるわけではない。

小6の春、保健所の譲渡の日に久実は泣きそうな顔で犬舎を覗き込んだ。薄茶の雑種が1歩も出てこなくて、係の人が「落ち着くまで時間が要ります」と言った。久実がしゃがみ込み、「うちにおいで」とささやくと、こむぎはようやく鼻先だけを差し出した。連れて帰る車の中で、久実は抱えた毛布から手を離さず、「絶対に私が面倒見る」と言った。直哉も「ちゃんと約束は守るんだぞ」と笑っていた。

その言葉が、今は虚しい。

「俺も、なるべく週末は手伝うからさ」

直哉は軽く言い、味噌汁のおかわりを求めた。いつ、どの週末なのかは決まっていない。直哉も久実と同じだ。

「久実が忙しいのは、私もわかってる。でも、それはこむぎを飼うときからわかってたことでしょう。それに、どれだけ忙しくても、世話は誰かがやらないといけない」

そう言うと、久実は視線を落とし、箸先で米粒をいじった。

「……明日、帰ったら考える」

考える、もまた曖昧な答えだ。

それでも、祐子はそこで止めた。追い詰めれば、久実はこむぎからも距離を取るかもしれない。

祐子は直哉から椀を受け取って立ち上がり、鍋の蓋を開けた。湯気が顔にあたり、祐子はわずかに眉をひそめた。