部長から受けたパワハラ

年末を迎えて街中がネオンにあふれ、きらびやかな時期になる。真子はクリームシチューを晩ご飯に作り、宏明と2人で食べた。

夜10時を過ぎてマンションのドアが開く。会社の忘年会に行っていた雅樹が帰ってきたのだと分かり、真子はいつものように出迎えに向かった。

「おかえ……」

真子は玄関の雅樹に声をかけようとしたのだが途中で言葉が切れてしまう。玄関に腰をかける夫の肩が震えていた。何かあったのかと思い駆け寄るとジャケットとワイシャツが汚れていた。

「な、どうしたの……?」

真子は雅樹に思わず尋ねた。しかし雅樹は右手で目の辺りを隠し唇を震わせていた。雅樹が泣いているのがすぐに分かった。

雅樹と結婚して15年近く経つが、泣いてるところは一度も見たことがなかった。すぐにただならぬことが起こったとわかったが、真子も動揺してしまっていた。

「と、とりあえず早く上がって。ここじゃ風邪引くわ」

リビングの宏明に気づかれないように、雅樹を寝室に連れて行き、汚れた服を着替えさせてベッドに座らせる。しばらく泣いていた雅樹は徐々に気持ちが落ち着いたのかゆっくりと息を吐き出した。

「……ごめんな」

何についての謝罪なのか真子には分からなかったがとりあえず首を横に振る。

「いいの。それよりもいったい何があったの?」

「部長から無能って言われて酒をかけられたんだよ……」

「え……⁉ な、何それ……⁉」

そんなの作り話の世界でしか聞いたことがなかった。コンプライアンスがしっかりとしてきた現代社会で、そんな絵に描いたようなパワハラがあるなんて思いもしなかった。

「……上はコストカットで現場に人を回したくないんだ。でも下の人間からすると手が回らないと言って不満が出る。俺はその板挟みになってさ……。それで飲み会で部長からもっとしっかりやれって怒られたんだよ。それで酒をぶっかけられたんだ。でもさ、それよりも辛いのは誰も俺の味方をしてくれなかったことだ……。下からも上からも嫌われて、俺の居場所はもう会社にはないって思うと、もうやってられなくて……」

それから雅樹はうつむいて何も言わなくなった。

雅樹が肩を落としてるのを見て、以前頭痛を訴えていたことを思い出す。あれはもしかしたら雅樹から精いっぱいのSOSだったのかもしれない。なのに自分はそれを聞き流して仕事に行かせてしまった。もしかしたら自分も雅樹の味方にはなれていなかったのかもしれない。

「……ごめんなさい。あなたがそんなに苦しんでるのに私は気付かなくて」

雅樹は黙ったまま首を横に振る。真子は雅樹の手をぎゅっと握りしめる。もう二度と雅樹に辛い思いをさせたくない。真子は雅樹を見つめてそう誓った。

●順風満帆に見えた雅樹だったが、上司からパワハラを受け、涙ながらに板挟みの苦しみを妻・真子に打ち明けた。追い詰められた雅樹はストレスで寝込むようになり…… 後編【パワハラで限界を迎えたエリート夫…「収入より大切なこと」を見つめ直せた夫婦の取り組みとは?】にて、詳細をお伝えします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。