夫が会社に行かなくなった。
年末年始の長い休みを終えたときのことだった。
「ちょっとしんどいから休むね」
出社のための身支度を整えた里沙が寝室にいる夫に声をかけると、ベッドに潜りこんだままの夫の明らかにしなびた声が返ってくる。昨日の晩から頭が痛いと言っていたし、休みとはいえお互いの実家に顔を出したりしなければならない年末年始は慌ただしく疲れがたまっていたのだろう。
「分かった。風邪薬の場所分かるよね? 今日、会議あるから帰り遅くなるけど、私のご飯は心配しなくていいから」
里沙は特に気に留めずに家を出た。
人間なのだから体調を崩すことだってある。体調管理だって社会人の基本だが、もうお互い30代も後半に差し掛かる立派な大人だ。そんな分かり切ったことを今さらつべこべ言う必要もない。
しかし休みも1日、2日、と積み重なれば話は別だった。
夫は年が明けてから1度も、つまりもうかれこれ10日近く、仕事を休み続けている。
仕事から帰ってきた里沙は、ソファで毛布にくるまりながら、寝ているのか起きているのかも判然としない夫の様子にいら立ちを覚える。
たしかに夫が勤める出版社は激務だ。作家のなかには明らかに常識やマナーが欠如したものもいるし、土日でも夜中でも関係なく連絡が来ては急ぎ対応しなければならないような不規則さもある。
とはいえ、この世の中に大変ではない仕事なんてない、と思う。里沙が働く中堅の医療機器メーカーが相手にする医者は非常識で高圧的な人も多いし、毎日の残業は当たり前。繁忙期になれば帰宅が0時を超えることだって珍しくはない。
当然、嫌なことや腹が立つことだってある。