ぼろ雑巾みたいになってしまった夫

まだ20代だったころ、担当していた病院の医師からほとんど難癖に近いクレームをつけられ、病院を出入り禁止にされた。あのときは本当に辛かったしムカついた。心の底から会社に行きたくなくなったし、実際にたまりにたまっていた有給を突っ込んで、夫と2人旅行に出かけたりもした。

だがそれでも働く。嫌なこともいら立ちも、乗り越えて毎日働き続ける。仕事自体はやりがいがあるし、成果を出せばそれが給料として返ってくる。何より仕事を通じて社会に貢献しているという感覚が楽しかった。

だから甘ったれたことを言って会社を休み続けている夫の姿が心底不気味だった。ある朝突然、夫が理解できない不気味な生き物に変わってしまったような感覚にさえ陥った。

里沙はつけっぱなしのテレビを消した。消した瞬間、毛布のなかで夫が動いた。

「見てたのに」

小さい子供みたいなことを言う。里沙は内心で溜息をつく。お互い自立した人間だから夫婦なのだ。これでは子育てや介護と何ら変わらない。

「大丈夫なの? そんなに辛いなら病院行って風邪薬ちゃんともらってきたら?」

無精ひげを蓄えた夫を見下ろす。ぼろ雑巾みたいだと思う。

「うん……でも、頭が痛くてさ。なんか身体も怠いし」

「熱は?」

「いや、ないと思うけど」

「思うけどって、測ってないの?」

里沙の声が鋭く尖る。

体調不良は仕方ないという考えは今も変わっていない。それがたとえ1日だろうと1週間だろうと、悪いものは悪いのだから無理をする必要はない。だが、状態を知るために熱を計ったり、治すために病院に行ったり、そういう努力を怠るのはただの怠慢でしかない。

「……ごめん」

夫は自分が被害者だと言わんばかりにしょんぼりして謝ってくる。会社に行けなくなってからはいつもこうだ。健康に働いている里沙を、まるであくどい独裁者を見るような表情で見つめてくる。

「ねえ、どうしちゃったの? こんな状態、異常だよ? 治そうともしてないし。いい加減にしてよ」

「うん、ごめん……」

「だから、それだよ、それ。なんで自分が被害者みたいな顔してるのよ」

「ごめん……」

里沙は吐き捨てるように溜息をついた。これでは会話にもならない。

「なにこれ、謝罪botかよ」

外したマフラーを夫に投げつけ、シャワーを浴びに向かう。