繰り返される一方的な非難

翌日、裕美は午前中の仕事をひと段落させてから、キッチンの隅に置いていたゴミ袋を縛った。

年末に向けて一度リセットしておきたかった。エプロンを外し、コートを羽織る。共用廊下に出ると、冷えた空気が頬を撫でた。階段を降りる途中で、上の階の扉が開く音がして、反射的に顔を上げる。

鈴木さんが、両手にゴミ袋を提げて出てきたところだった。昨日と同じグレーのカーディガンに、今日はマフラーが足されている。

「まあ、それ全部ゴミ? よく出るわねえ、若い人の家は」

鈴木さんが、階段の途中で立ち止まりながら言った。顔は笑っているようで、目は少しも笑っていない。

「年末なので、早めに片付けたくて」

裕美はできるだけ無難なトーンで返す。

「昨日の洗濯物ね、やっぱり洗い直しになったのよ。ああいう埃って、一回つくと落ちないの。柔軟剤の匂いと混ざって、なんとも言えないにおいになるのよねえ」

そこに含まれる「あなたのせいで」が、はっきりと伝わってくる。

「その節は、すみませんでした」

再び頭を下げる。

自分でも、昨日と同じセリフを繰り返していることに気づく。本当は、「そちらだってベランダを使うでしょう」「完璧を求められても困ります」と言いたかった。

「まあ、気をつけてくれればいいのよ。うちは1人だから、やり直しが全部自分に返ってくるの。若い人はいいわね、力も時間もあるんだから」

鈴木さんはそれだけ言うと、先に階段を降りていった。ゴミ捨て場の扉が開いて閉まる音が、ひときわ大きく響く。裕美は距離をあけて後を追い、無言でそれぞれのゴミを置いた。

部屋に戻るころには、外気で冷えたはずの頬が、内側からじんわり熱を帯びていた。怒っているのか、情けないのか、自分でもはっきりしない。

「近所づきあいなんて、あいさつ程度で十分だと思ってたけど」

玄関でスニーカーを脱ぎながら、小さくつぶやく。このマンションを選んだとき、立地や間取り、家賃はじっくり比較したのに、「上の階の人はどんな性格か」という項目はチェックのしようがなかった。取引先との距離感にはそれなりに気を配ってきたつもりだ。だが、同じ建物に住む相手との距離感は、どこから測ればいいのか、まだよくわからない。

リビングに戻ると、昨日掃除したばかりの床が目に入る。年末用のチェックリストの端に「引っ越し」という項目を書き足したい気がする。だが、ペンを取ることはなく、代わりに、深いため息だけが漏れた。

●ベランダ掃除を巡って上の階の鈴木から一方的に非難され、翌日のゴミ出しでも嫌味を言われ続けた裕美。引っ越しさえ考え始めたとき、思いもよらない出来事が…… 後編【「ごめんなさいね…こんなことになって」深夜5時の異音…上階へ抗議に向かった30代女性が目撃した"意外な光景"】にて、詳細をお伝えします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。