上階住人からのクレーム

「さっきからバタバタやってるでしょう、あんた。おかげで、うちの洗濯物に埃がべっとりついちゃって。せっかく苦労して干したのに、もう1回洗い直しよ。どうしてくれるの?」

まくし立てるような、甲高い声が耳に響く。他者を責めるためだけに選ばれた言い方だ、と瞬間的にわかる。

「すみません、気が回りませんでした」

反射的に頭を下げながら、裕美は心の中で状況を整理した。確かに埃は立っただろう。でも、ベランダの掃除なんて、どこの家でもやるはずだ。お互い様、という発想は、この人にはないのだろうか。

「すみません、じゃないわよ。若い人は時間も体力も、いくらでもあるからいいんだろうけど、こっちは老い先短いんだからね。もう少し周りの迷惑を考えて動いてくれないと困るのよ。年寄り1人で全部やってるんだから」

若い、と言われる年齢でもないな、と思いつつ、口には出さない。たとえ思うところがあったとしても、ここで言い返せば話が余計にこじれるのは、仕事で嫌というほど見てきたし、経験もしてきた。

「次からは気をつけます」

もう一度頭を下げると、鈴木さんはふん、と小さく鼻を鳴らし、踵を返した。階段を上っていく足音が遠ざかる。

裕美はドアを閉めてから、ようやく息をつく。胸のあたりに、細かいざらつきが残っている。昔の同僚が「老人は孤独だから偏屈でめんどくさくなるのか、それとも偏屈で面倒くさいから孤独になるのか」という話題についての持論をさも面白そうに話していたことを思い出す。ふと、鼻を鳴らす鈴木さんの姿が何十年か後の自分の姿と重なって、裕美はその想像を慌てて追い払った。