夫の言葉に傷つく美代子
「もう少し落ち着いたデザインのほうが、写真映えすると思うんだけどな」
休日の午後、美代子はソファの端でタブレットを操作しながら言った。画面には、光沢のある袴と小物が並んだ衣装のオンラインカタログ。明るい色合いのものや、金糸の模様が入ったものもあって、目移りするほどだ。
「こっち、どう思う?」
食後のコーヒーを飲みながらテレビを見ていた敦也が、ちらりと視線だけ向ける。
「うーん……いいんじゃない?」
「でも、"いいんじゃない"じゃなくて、どっちがいいと思うかを聞いてるんだけど」
「……だから、それでいいって言ってるじゃん」
声のトーンは穏やかだったが、その奥にうっすらと面倒くさそうな響きが混じっていた。美代子は唇を結び、タブレットを一度テーブルに置いた。
「写真館も、あのスタジオのプランが人気らしいから、早めに予約したいの。祈祷の時間と移動も考えると、ちゃんと組んでおかないと当日バタバタするし」
「……そんなにがっちりスケジュール立てる必要ある?」
「あるよ。こっちはその“バタバタ”を全部どうにかしようとしてるんだから」
語気が少しだけ強くなったのを自分でも感じた。敦也は黙ったまま、美代子のほうを見ていた。しばらくの沈黙のあと、コーヒーカップをテーブルに置きながら言った。
「七五三ってさ、親が自分の努力をアピールするためのものじゃないんだよ」
思わぬ言葉に、美代子は何かを飲み込むように口を閉じた。アピールなんてつもりはない。どれも、ただ颯太のためにと思ってのことだった。無事に3歳になって、こうして行事に参加できることが純粋に嬉しかった。
でも、それをうまく言葉にしようとしても、なぜか喉の奥がつかえてうまく出てこない。
「……そういうふうに見えてたんだ」
かろうじてそう返すのが精一杯だった。気がつけば、隣のリビングでは颯太が積み木を崩して笑っている。
その無邪気な声が、2人の間に生まれた静かな隔たりに響いていた。
●息子の七五三を盛大に祝いたい美代子と、行事に関心の薄い夫・敦也。温度差は埋まらず、敦也の言葉に美代子は深く傷ついてしまう。そんな二人の隔たりは、ある出来事をきっかけに変化していく…… 後編【「どうしたらいい?」突然発熱した3歳息子…冷静に対処する妻の姿を見て、夫が気付いた大切なこと】にて、詳細をお伝えします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
