娘の家計簿指導

昼下がりの台所に窓からの光がテーブルの上に斜めに差し込む。

寿美は冷蔵庫の扉に、百円ショップで買った月間カレンダーを貼りつけた。左上の余白に小さな字で「出費メモ」と書き添える。マグネットで留めた隣には、茶色の封筒が3つ。週ごとの予算袋だ。

「食費、生活費、それと病院とかの雑費用ね」

「ふうん」

母はそう言って、紙の感触を確かめるように封筒の1つを指先で擦った。

「まずは、毎月何にいくら使ってるのかを正しく知ることが大事なの。そのために、こうやって目で見て分かりやすいようにしてるんだよ」

「へえ、そういうもの?」

「そういうもの。っていってもそこまで厳密にする必要はないよ。足りなかったら、残りからまわせばいいし。足りたら、ちょっと好きなものでも買ってさ」

返事はなかったが、その手は封筒の端を丁寧に揃え直していた。

次は、不要な契約の整理。

寿美は書類を広げ、解約用の用紙にボールペンで記入していく。少し震える手で印鑑を押し終えた母が不安げに言った。

「わかんないこと、多いね」

「ひとつひとつ片付ければ大丈夫だよ。これは私が出しておくからね」

「ありがとうね、寿美」

その声には、前日にはなかった柔らかさがあった。

「……これからは週末には顔出すようにするよ。買い物も病院も誰かと一緒の方が安心でしょ」

「そんなに無理しなくていいのに」

「ううん、気にしないで。親子なんだから……」

スマホの画面を開きながら「あ、えっちゃんだ」とつぶやくと、母が反応した。

「えっちゃん、何だって?」

「私も自分の用事で来れないときがあるだろうからね、えっちゃんに頼んでみたの。たまにでいいから、お母さんの買い物手伝ってくれないか、って。そしたらスーパーには毎日行くから、いつでも一緒に行ってくれるって」

「……そんなにしてもらって、悪いわね」

母はそっと視線を落とした。

「実はね、えっちゃんが電話くれたの。お母さんが心配だって」

「そう……」

「私もえっちゃんに感謝しないとね。久しぶりに帰るきっかけをくれたんだから」

寿美は、そう言って台所へ向かった。手早く具材を切って鍋に入れ、最後に味噌を溶いてかき混ぜる。

「ありがたいねえ……」

いつの間にか隣に立っていた母が、そっと鍋を覗き込んだ。

「お味噌、前のやつ?」

「うん、まだ残ってたから」

「この香り、なんだか懐かしいわ」

並んで食事の支度をする親子の間には、温かな湯気が立ちのぼっていた。