父の介護を機に疎遠になった母娘
どうして教えてくれなかったのか、と喉まで出かかった言葉を寿美は呑み込む。教えられるはずがなかった。
母と疎遠になっていたのは、父の介護に関して意見が真っ向から対立したからだ。父が亡くなる1年ほど前、プロに頼ることを前提として施設入居を提案した寿美に、母は頑として首を縦に振らなかった。結局、父は訪問介護を利用しながら自宅で面倒をみることになった。寿美も可能な限り実家に通って介護を手伝っていたが、ちょうど息子が受験生だったこともあって、まるで地獄のような忙しさだった。父の最期を看取った母からは心なしか達成感のようなものが感じられたが、心身ともに疲弊しきった寿美に芽生えたのは、この生活から解放されるという安堵。母と同じように純粋に父の死を悼むことはできなかった。
実家への帰省を避け、母と連絡を取らなくなったのは、父の初盆が終わった頃からか。
(そうか。私、お母さんに腹が立ってたんだ……)
そのとき玄関のチャイムが鳴った。
「私が出る」
逃げるように居間から出て行くと、えっちゃんがスーパーのビニール袋を提げて立っていた。
「あ、寿美ちゃん。おかえり。帰ってきてたんだ」
「うん、今日はこっちに泊まろうと思って」
「そうなんだ。寿美ちゃんがいるならいらないかもしれないけど、これ、おばさんに。お惣菜、そろそろなくなる頃かと思って」
「ありがとう、えっちゃん。母のこと気にかけてくれて。本当なら私がしないといけないことを……」
「ううん、いいのいいの。私が勝手にやってることだから。じゃあ、何かしてほしいことがあったらすぐ言ってね」
えっちゃんは笑ってそう言い、手を振って帰っていった。扉を閉めたあとも、玄関先にふわりと明るい笑い声の余韻が残っていた。