おっとりした夫にいらだつ美優

会社が軌道に乗りだしてからというもの、帰りはいつも遅かった。この日も美優が家に帰ったのは、日付が変わろうかというころだった。

だがこの日は、いつも消えているリビングの電気が点いていた。向かうと、夫の輝昭の姿があった。

顔が僅かに赤らんでいて、テーブルの上には乾き物のイカやピーナッツが置かれている。

「やあ、おかえり」

のほほんとした輝昭の様子に呆れる。しかし、その感情を出さないように美優は頷く。

「うん、ただいま。また飲んでたの?」

「美優もどう? 乾杯しよう」

輝昭はそう言って立ち上がるが、美優は拒否する。

「ごめんね。明日も早いからもう寝させてもらうわ」

美優がそう言うと輝昭は心配そうに眉根を下げた。

「……大丈夫? ここ1年くらいずっとそんな感じだよ。休みはちゃんと取ったほうがいいよ」

「この状況で休むなんてあり得ないでしょ。ようやく会社が軌道に乗りだしたの。ここで頑張らないでいつ頑張るのよ」

「頑張ってるのは分かるよ。でも無理をし過ぎるのは良くないって」

美優はため息をつく。

夫は全くこちらの気持ちを分かってくれない。今はやれるだけやらせてほしいと言ってるのだ。ようやくチャンスを掴めたというのに、体の心配なんてしてる場合ではない。夫なら、協力とは言わないまでも、背中を押すくらいのことをやってほしかった。

美優は冷たい目を輝昭に向ける。

「あなたのほうこそ、もうちょっと無理くらいしたら? 明日も仕事なのに、大の男が飲んだくれててさ。明日の仕事の準備とかないの?」

輝昭は力なく笑う。

「俺はそんなガラじゃないよ。分かってるだろ?」

「……ええそうね。そんな人じゃなかったわね」

「あ、そうだ。実は来週から出張に行くことになった。それを伝えたくて待ってたんだ」

「あらそう。そんなのメールで良いのに。わざわざ待ってるなんて効率的じゃないわね」

だらしのない輝昭に背中を向けて美優は寝室へと向かった。

昔は輝昭のようなおっとりとした性格の人間といるのが心地よかった。

しかし自分も仕事で成功をした今、輝昭のような存在は悪影響なのではと思っている。今の自分に輝昭は夫として全く相応しくない。自分の側にいるべきなのは、互いを高めあえるような存在だ。