突然の離婚宣言に一同絶句
「ねえ、お父さん、ちょっと話があるの」
富子が妙に改まって口を開いたのは、食事が終わり、全員がほんのりと赤ら顔になっているときだった。
テレビを見ていた辰雄はちらりと富子を見る。返事はなかったが、富子はお構いなしに続けた。
「私たち離婚しましょう」
富子が離婚と言った瞬間に一美と雅也は固まった。辰雄は変わらず視線をテレビに向けているが衝撃を受けているのは一目瞭然だ。辰雄はゆっくりと富子を見た。
「……何だと?」
「もうお互いいい歳だし、これからは別々に暮らさない? だから離婚をしましょう」
富子はテーブルに離婚届を置いた。白地と緑の簡素な紙に一美は目を奪われる。開いた口がふさがらず、2人を交互に見やることしかできなかった。
2人の喧嘩は記憶にある。だがそれでも富子が離婚を切り出したことは1度もない。
しかしその離婚届は今、確かに眼前に置かれている。
それだけ富子は本気ということだろう。
富子は当然のことのように離婚を申し出ていて、一時の感情の盛り上がりで口走っている様子でもない。当然、辰雄も困惑していた。
「ば、バカなことを言うな……。こんな歳で離婚なんて恥ずかしい事を……」
「恥ずかしくなんてないわ。今時珍しいことじゃないのよ。だからこれにサインして」
辰雄は拳で机を叩きつける。
「ふざけるな! 誰がこんな話を受け入れるか! こんなバカなことをする暇があったらさっさと風呂を沸かしてこい!」
争いごとになると大声を張り上げて富子を支配しようとするのが辰雄の悪い癖だった。
昔はこんな辰雄を嫌悪していたが、この歳になると辰雄は臆病なんだろうと分かる。都合の悪いことに正面から向き合うことが怖いのだ。
「どれだけ怒っても私の気持ちは変わらないわよ。早くサインしてくれるかしら? そうしたら私はこの家から出て行くからね」
一美は混乱していた。だが、ただ1つ確かなのは、富子の決意がゆるぎないということだけだった。