タクシーの窓から見える景色は、あのころと少しも変わっていなかった。まばらに建つ民家、ゆるやかな坂道、どこか湿っぽい空気。後部座席で鞄を抱きしめるようにして、静子は息をついた。実家に向かうのは、かれこれ3年、いや4年ぶりだろうか。
思い出せないほど間が空いてしまったのは、仕事が忙しかったせいでもあるが、正直、億劫だったのだ。四十路間近にして、10年以上連れ添った夫と離婚してから、人と関わること自体が、どこか煩わしく感じられるようになってしまった。唯一何でも話せる相手だった母も5年前に亡くなってしまい、ますます実家から足が遠のいていた。
そんな矢先、兄の浩平から「父が倒れた」と連絡が入った。ほんの数日前のことだった。
「静子も忙しいだろうけど、できれば顔見せに来てやってよ」
貧血を起こして家の中で転んだだけで、幸い大事には至らなかったらしいが、さすがに胸がざわついた。だから、こうして今、タクシーに揺られているというわけだった。
「お客さん、この辺でいいですか」
運転手の声で現実に引き戻された静子が料金を支払い、車から降りると、懐かしい実家が、夕暮れの中に建っていた。ひび割れた表札には、母の名前がまだ残っている。