夫の様子がおかしかった理由は
その日の夜、美希はその仮説を確かめるため、とある作戦を実行する。
気持ちよさそうに口を開けて寝ている友樹にそっと近づき、物音を立てないようにスマホのカメラを口内に向ける。そしてズーム機能を使って友樹の口内をくまなく観察した。すると奥歯にクレーターのような穴を確認することができた。
「ふふ、やっぱりね。私に隠し事なんて不可能なんだから」
翌日、食事中に美希は友樹に声をかける。
「それ、ほっといたら大変なことになるよ」
「急に何?」
「虫歯。相当イタいでしょ?」
美希が指摘すると、友樹は目を見開いて固まる。
「夜、寝てるときに見たから。奥歯だけじゃなくて色んなところに虫歯あるみたいよ。今のうちに歯医者行ったほうがいいよ」
友樹は眉間に皺を寄せて首を横に振る。
「……大丈夫だよ。痛み止めとか飲めば問題ないから」
「いや痛みはそうかもしれないけど、最悪歯がなくなるかもしれないんだよ?」
「大袈裟だな~。俺って歯が強いから、いくら虫歯になってもなくなったりしないって」
美希は黙ってスマホに保存した友樹の歯の写真を見せる。
「こんなに大きな穴が空いてるんだから、その内なくなるに決まってるでしょ?」
「やめろよ。食事中なのに……」
「友樹は今、その歯を使って食事をしてるんだよ」
「自然治癒するって……」
「虫歯が自然治癒するわけないでしょ。 歯がなくなったらご飯も食べられならどうするつもり?」
「そのときは流動食で何とかするよ……」
駄々っ子のように否定する友樹に美希は怒りを感じた。
「いい大人が歯医者を怖がったりしないでよ!」
「い、いやいや、怖がってるわけないじゃん…。俺もう大人なんだから…」
「じゃあ行きなって! 私は友樹のことを心配して言ってるの」
美希は強い口調で主張するが友樹はただ首を横に振り続ける。
「い、行かない行かない。毎晩キシリトールのガム噛んで寝るから。それでいいでしょ?」
「いいわけないでしょ?」
友樹の提案に美希は唖然とする。
「とにかく俺は行かない。あと口の中を勝手に見るのは今後やめて。口の中ってプライベート空間だから。親しき仲にもプライバシーはあるから」
「はぁ? 何それ?」
それからも訳の分からない主張を続ける友樹に、美希は呆れるしかなかった。
●しばらくたっても、意味の分からない自説を並べ立て歯医者に行きたがらない友樹に、ついに美希は堪忍袋の緒が切れてしまう。観念した友樹はついに歯医者通いを決めるのだが……後編:【「最低でも半年かかります」放置して大変な事態になった夫の虫歯の治療費はまさかの…】にて詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。