いつ店は再開するんだ?
「岡嶋さん、元気してたかい? いつ店は再開するんだ? 俺、〈キッチン・オカジマ〉のハンバーグ、また楽しみにしてるからよ」
返事を曖昧に濁した拓海だったが、また常連と出くわしてはたまらないと思い、誰にも見つからないよう息をひそめ、うつむきながら歩調を速め、家路を急いだ。しかし家の前まで来て、拓海の足ははたりと止まった。誰もいないはずの一階の店の明かりが窓ガラスからこぼれていたからだ。
2階の玄関へ続く階段に向かいかけていた身体の向きを変え、窓から店内を覗きこむ。もちろん店内に客はいない。拓海が扉の鍵を開けてなかへ入ると、入店を知らせる鈴の音色に乗ってケチャップの香ばしい匂いがした。
「あら、おかえり」と厨房から顔を出したのは、麻美だった。
「おい、あれほど素人には無理だって――」
「いいからいいから。ちょっと座ってて。あなた、最近試食ばっかりでちゃんと食べてないでしょ?」
麻美は眉をひそめた拓海を強引にカウンター席へ座らせて厨房へと戻っていく。はじめは大人しく待っていたが、時折厨房から聞こえてくる大きな物音に堪らなくなって立ち上がり、なかをのぞきこむ。
「おい、なにやってんのさ」
「大丈夫。はい、ほらできた」
拓海は麻美に差し出された皿をまじまじと見下ろす。平皿の真ん中では、ウインナーやピーマンなど食べ応えのありそうなサイズで切られた具がごろごろと転がるナポリタンが湯気をあげていた。
「不服なのは分かるけど、まずは食べてみて」
麻美は再び拓海をカウンター席に座らせる。拓海はしかたなくフォークを手に取って、ナポリタンを口へと運んだ。
瞬間、甘じょっぱく香ばしい味わいが舌の上で広がった。
「どう? けっこういい線いってると思うんだけど……」
拓海はもうひと口、ナポリタンを食べた。嗅覚が失われたせいでどこまで再現されているのか確証が持てたわけではなかったが、このナポリタンからは確かに〈オカジマ〉の味がした。
「バターか?」
「そう。パスタと和える前に、具材だけまずはバターで炒めるんでしょ? それに、今の時期は仕上げのオリーブオイルに岩塩を溶くのよね」
麻美はそう言うと、エプロンのポケットからB6判の小さいノートを取り出した。表紙のくすみ具合から、それが長い間使われてきたものだと一目で分かる。
「あなた、感覚に頼って調理するでしょ。プライドに障ると思ったから言ってなかったんだけど、ひょっとするといつか役に立つかもしれないと思って、レシピのメモ、取っておいたの」
麻美は得意げに笑った。手渡されたノートには、各メニューの基本的なレシピだけではなく、季節や天気によって少しずつ加えていた微妙なアレンジについてまで書き込まれていた。
「どうしてもっと早く――」
「だってあなた、全然私の話聞いてくれなかったじゃない」