悪かった
拓海は言葉を呑んだ。鼻が利かなくなり、これまでのように料理人として振舞うことが難しくなり、1人で悲劇に酔っていたのだろう。こんなにも近くで、自分を支えようとしてくれている存在がいたのに。
「……悪かった」
拓海はやっとの思いで吐き出したが、麻美は「何よ急に。気味悪いわ」と冗談めかして笑った。
「覚えてる? このナポリタン、私が子宮筋腫で子どもができにくいって分かったとき、2人で楽しくやっていけばいいってあなたが作ってくれたこと」
「……当たり前だろ、覚えてる」
「だからってわけじゃないけど、このお店も、また改めて2人でやっていきましょうよ。これまでそうやって頑張ってきたみたいに」
麻美は照れくさそうに笑った。拓海はナポリタンを頬張った。
「本当に、美味いな……」
「当たり前でしょ。あなたのレシピなんだから」
思わずこぼした呟きの意味を、麻美は見事に取り違えていたが、拓海は訂正することなく、こぼれそうになる涙を堪えていた。