夫にイライラしっぱなし 

「なあ、ゴルフ用の紺色のポロシャツってどこにしまった?」

からだを揺すられて目を開けると、健一の顔がぼんやりと見えた。花粉症由来の頭痛を訴える頭を抑えながらからだを起こし、鼻呼吸になっているせいで乾ききった口の中を舌でこねながら声を出す。

「引き出しの上から2番目にいつも通り入れたけど」

「えー、入ってないよ。……あ、あった。ったくこんな奥に入れてたら分かんないわ」

朝から鬱陶しいやつだと、里砂子は内心で毒づく。ぼやけていた視界が徐々に焦点を結ぶと、キャップをかぶり、スポーツジャケットを羽織った健一が見えた。

「何、どっか行くの?」

「部長とゴルフって言っただろ」

「聞いていないけど」

「言ったよ。君が聞いてなかっただけじゃない?」

「先週も行ってたじゃない」

「たまたま連続することだってあるよ。付き合いなんだから仕方ない」

「付き合いって言ってもさ……今日はできれば家にいて、私の代わりに掃除とか洗濯とかやってもらいたいんだけど」

里砂子が苛立ちを押し殺して伝えた言葉を、健一は鼻で笑った。

「いやいや、ただの花粉症だろ? そうやって過剰に弱ったふりして周りが気を遣ってくれるのを期待してるかもしれないけどさ、こっちに押し付けないでくれよ。むしろ、労わってほしいのは俺のほうだよ。休日返上で付き合いのゴルフなんかしないといけないんだからさ」

まくし立てるように言うと、健一は立ち上がった。そして「やべ、無駄な議論してる場合じゃなかったわ」という捨て台詞とともにもう一度笑って、家を出て行ってしまった。

呆気にとられるしかなかった里砂子は再びベッドで横になった。とはいえ腹立たしさのあまりうまく寝付けずにいると、インターホンが鳴った。どうせ忘れ物でもしたのだろう。2度目のインターホンが鳴ると同時にベッドから起きた里砂子はリビングの壁についている受話器を取った。

「何なのよ、あん――」

深く息を吸い込んで放とうとした怒鳴り声を呑み込んだのは、「宅配です」と聞きなれない声がしたからだった。画面には、キャップをかぶった若い男が映っていて、恥ずかしさのあまり言葉が出なかった里砂子に向けて「宅配です」とくり返した。

エントランスを解錠し、しばらく待っていると宅配便の男が里砂子の腰の高さよりも大きな段ボール箱を玄関先まで運んでくる。里砂子はついさっき怒鳴りかけてしまったのはなかったことにして、にこやかにサインをして荷物を受け取った。差出人は見慣れない名前の会社で、受取人は健一だった。伝票には“スポーツ用品”という文字が印字されていた。

「けっこう重いので気をつけてください」

宅配便の男の気づかいに感謝しながら扉を閉め、段ボール箱をリビングに運んだ里砂子は容赦なく開封した。なんとなく予想はついていたが、送られてきたのは購入したゴルフクラブやゴルフウェアだった。ご丁寧なことに、金額を記載した購入明細まで中に入っていた。

「はっ⁉ 4万⁉」

里砂子は金額を目にとめて、思わず声を上げた。梱包材にくるまれているゴルフクラブに視線を移す。

こんな杖のようなものが4万円。これまで気に留めたこともなかったが、健一はすでに2、3本くらいゴルフクラブを持っていた。すでに15万円前後のお金を使ってゴルフクラブを買ったということだろうか。もちろん付き合いだと出かけているラウンドを回るとなればさらにお金がかかるだろう。得意げに買ったウェアだってただではないはずだ。

いや、百歩譲って何の相談もなしにゴルフの道具を買い揃えていることはいい。だが、体調が悪く困っている里砂子を置いて、お金を惜しげもなく使いながら遊び惚けていることは許しがたい。

里砂子はぼーっとした頭のなかに健一への苛立ちを抱えながら、大きなくしゃみをした。

●健一がゴルフから帰ってきたのは夜の10時を回ったころだった。酒で顔を赤らめた健一は相変わらず、里砂子の花粉症は大したことのないものであるかのように冷たく接し、ついに里砂子の怒りが爆発してしまう。後編:【「花粉症がそんなにえらいのか?」寝込むほどつらい花粉症に苦しむ妻を激怒させた夫の一言】にて詳細をお届けする。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。