友情は壊れ……
史織が去ったあとも、さくらはしばらく玄関から動けなかった。こんなにも呆気なく友情が壊れていったことに、何の実感も持てなかったのだ。
「……さくら」
やがて声がして振り向くと、後片付けを終えた清志が立っていた。
「聞いてたの?」
「うん」
彼は何も言わず、そっとさくらの肩を抱いた。その温もりに触れた瞬間、張り詰めていたものがぷつりと切れた気がして、さくらは小さく息を吐いた。
「頑張ったね」
その言葉に、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
「信じてたんだよ、ずっと。史織とは、なんでも話せると思ってたし、あんなふうに思われてたなんて、夢にも思わなかった」
夫は何も言わず、ただ静かにさくらの背中を撫でてくれる。
「友情って、何なんだろうね」
さくらはぼんやりと呟いた。
信じていた人が、一瞬で他人のように思えてしまう。でも、もし史織がずっと悩んでいたなら、さくらはもっと早く気づくべきだったのかもしれない。本当に大切な関係はどう築けばよかったのだろう。
夫がさくらの肩をそっと離し、「飲み物、いる?」と優しく聞いた。
「ううん、大丈夫」
さくらはリビングを横切ってベランダへ出て、外の景色を見下ろした。
タワーマンションの窓から見下ろす夜景は、いつもと変わらず輝いている。でも、今のさくらはそれをただ美しいとは思えなかった。史織は何を思いながら、あの光を見上げていたのだろう。さくらは彼女のことをきちんとわかっていなかったのかもしれない。やるせない気持ちを抱えながら、さくらは近いのに決して手は届かない夜空を見上げた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。