よみがえる思い出
久しぶりに訪れた銀座の街は、相変わらず華やかだった。
平日にもかかわらず、大通りにはたくさんの人が行き交い、団体の外国人も多く見え、ファッションなどのブランド物に大して詳しくもない孝道でも分かるような店のショーウィンドウには洗練された洋服やアクセサリーが並んでいる。
孝道はそんなにぎやかな風景の中で静かに立ち尽くし、目の前の店を見上げていた。
看板の上品な文字、堂々と掲げられた大きな暖簾。
もちろん時間の流れとともに変わる店内は記憶の通りではなかったが、小さい頃を思い出すには十分すぎる光景だった。
孝道は1度、この場所に来たことがある。
あれは、まだ小学校に上がる前か、上がってすぐのことだった。孝道は父に手を引かれながら、銀座の大通りを歩いていた。ビルの間を抜ける冷たい風、見上げるほど高いデパートの建物、そして、老舗のパン屋。
生まれて初めての、そして最後の、父と2人きりの遠出だった。
目にする都会の風景に目が回りそうになりながらたどり着いた店内で、父は慣れた様子で「あんぱんをふたつ」と注文した。
食べ歩きを嫌う父にしては珍しく、路肩の手すりに腰を下ろし、買ったあんぱんをすぐに袋から出して言った。
「孝道、お前も食べてみろ」
手のひらにずっしりとした重みを感じながら一口かじると、全身が不思議な温もりに満たされた。ふわふわの生地に、しっとりとした甘いあんこ。そのとき初めて、
「これはその辺のあんぱんとは違うんだ」と感じたのを覚えている。
「どうだ、おいしいだろう?」
父の少し得意げな顔が印象的だった。
それから父は孝道を連れて日本橋三越にあった屋上遊園地へ向かった。
「お前、前から遊園地に行きたいって言っていたから、たまにはな。母さんたちには内緒だぞ」
父に持ち上げられ、孝道はぎこちなくメリーゴーランドの馬にまたがった。となりの馬に腰かける父は、上下に揺れるメリーゴーランドのポールに必死にしがみつく孝道を見守りながら笑っていた。
孝道は店内をぐるりと周り、店員に告げた。
「あんぱんをふたつ」
父のように慣れた様子でとはいかないのが、少し歯がゆく、だが同時に嬉しくもあった。
妹から写真とともにメッセージが届いたのは、それから数日後のことだった。
「あんぱん届きました。お父さんもすごく喜んでるみたい」
文章と一緒に送られてきた写真には、ベッドの上であんぱんを持っている父の姿が写っている。その表情はほがらかで、ほんの少し得意げで、あの日路上であんぱんを食べたときの父の姿を感じさせた。
メッセージには続きがあった。
「お父さん、孝道もようやく分かったか、だって」
孝道は思わず苦笑した。
まったく、最後の最後まで偉そうにして。だけど、良かった。父が喜んでくれたのなら、それで十分だ。
「また今度帰るときに買っていく」
孝道はそう返信を打ち込んで、送信ボタンを押した。