最後までよろしく

「おはようございます!」

早苗は店の裏口のドアを開ける。仕込みをしていた店長が顔を上げる。

「おはよう。吉田さん、すまなかったね……」

「いえ、仕方のないことですから。むしろこれまで、何年も私のわがままを聞いていただいてありがとうございました」

「あと2回、最後までよろしく頼むよ」

荷物を事務所のロッカーのなかに仕舞い、エプロンと三角巾を身に着けてお店に出る。カウンターを磨き、レジのなかの現金をチェックする。出来上がった弁当をキッチンから運んでカウンターのガラスケースのなかに並べる。いつもと変わらないルーティンのはずなのに、いつもよりずっと身体が重く、頭がぼんやりとした。

準備を終え、11時の開店まであと15分と迫ったころ、閉め切ってあるシャッターをノックする音がした。

「私が出ます」

店長に声を掛け、シャッターの鍵を開ける。

「すいません、まだ開店前で……」

腰の高さくらいまで上げたシャッターの下をくぐって表に出ると、商店街の面々が店の前に揃っていた。八百屋の山崎さん。精肉店の佐藤さん。個人商店の倉田さん。金物屋の上野さん。立ち飲み屋の立川さん。そして、商工会の渡辺会長。なじみの顔が勢ぞろいしていた。

「どうしたんですか、皆さん、そろいもそろって」

「いや、子ども食堂、やめるって聞いてさ」

渡辺さんが言う。

「ああ、そうなんですよ。駅前にできたモールのせいで、売上も厳しくて」

改めて口に出すと、現実が肩に重くのしかかる。商店街全体が苦しいことはみんなも肌で感じていることだから、表情は暗く沈んでいる。

「仕方のないですよね、こればっかりは。店長に迷惑をかけるわけにもいきませんし」

早苗はわざと明るい声で言った。これ以上暗く沈んだ空気になるのはいやだった。

「でもあと2回、今週いっぱい、しっかりやり切ろうと思います」

「そのことなんだが、子ども食堂、地域でも好評でな。お節介かもしれないとは思ったんだが、なんとか続ける方法がないか、僕らも考えてみたんだ」

「え」

早苗の口から間の抜けた声が漏れる。知らなかった。喜んでもらえている声が商工会に届いていることも、みんなが動いてくれていることも。

早苗が驚いて言葉を失っていると、集まったみんなが口々に言った。

「不揃い品で出していた野菜、よかったら使ってもらえないかな」と山崎さん。

「切れ端とかでよければ、肉も譲らせてもらおうと思ってるんだ」と佐藤さん。

「弁当にお菓子とか詰めたんじゃ、やっぱりおかしいもんかね」と倉田さん。

「食器、使い捨てじゃなくしたら経費節約になったりしないと思ってさ」と上野さん。

「大した額にはならんが、お客さんとか知り合いあたって、寄付金募ってみたんや」と立川さん。

「みんな、子ども食堂を続けてほしいと思ってるんだ。これからは、この商店街全体で協力して、なんとか続けていけないかね」

渡辺さんの表情は真剣だった。早苗の目には、思わず熱いものがこみ上げた。みんなの真剣な顔が、あっという間に滲んでいった。

「ありがとうございます、ありがとうございます」