「俺も行くよ」

そう言って立ち上がろうとした夫の肩を、佳菜子はそっと押し返した。

「いいの。今日も私1人で行ってくるから。夕方には戻るし」

父・雄弥が老衰で亡くなったのは、数カ月前のこと。享年88歳、大往生と言えるだろう。

それ以来、誰もいなくなった実家の片付けに行く佳菜子に、夫は毎回同じように声をかけてくれる。すでに独り立ちした2人の子どもたちが休日に連絡をくれることもあった。お母さん1人じゃ大変でしょ、手伝いに帰るよ、と。

しかし佳菜子は、いつも彼らの申し出を断るのだ。その理由は、自分でもはっきりと分かっている。彼らには、佳菜子が生まれ育った家が孕む暗さに触れてほしくなかったからだ。

車のドアを閉め、1人きりで古びた実家へ向かう道すがら、嫌でも過去の記憶が蘇った。