私、どうかしてた

「不合格」

合格発表当日。パソコンの前に張りついてページの更新を待っていた一美の前に現れた3文字は無慈悲だった。ぱっと画面に現れたその無機質な文字を、一美はしばらく理解できなかった。嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ……。

「どうして……。こんなに頑張ったのに……」

 一美は頭を抱えた。

「ママ……」

心細そうに、美織が呼びかけた。その瞬間、一美は自分の感情が心の底からうねり上げるのを止めることができなかった。気づけば叫んでいた。

「せっかくお金をかけて準備してやったのに! どうしてこんな結果になったのよ!」

その言葉に、美織の瞳から大粒の涙が次々とこぼれ落ち、しゃくり上げるような泣き声が響く。

「ごめんなさい……」

美織の哀哭に、一美ははっと我に返った。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

今まで見たことがないほど怯えた美織の表情に、一美は全身の力が抜けていくのがわかった。

その晩、遅くに帰宅してきた康も、受験の結果は自分で調べて知っているのだろう。ソファに座り、呆然としている一美の隣に、康は黙ってその隣に腰を下ろした。泣き疲れた美織はすでに眠っていて、リビングには呼吸の音すらはばかられるような重い沈黙が続いていた。

「私、どうかしてた」

 か細い声が漏れると同時に、一美は顔を両手で覆った。

「本気で美織のためだと思っていたの。まさか美織があんなに苦しんでたなんて」
そこまで言うと、一美の口から嗚咽が漏れた。康は何も言わずに一美の背中に手を置き、静かにその手を上下させた。

自分の両親のようには絶対になりたくないと思っていた。けれども彼らが一美を苦しめたように、気づいたときには一美も美織を苦しめていた。形は違えども、一美は両親と同じ過ちを美織にしてしまったことを悟った。謝るべきは美織じゃない。一美のほうだった。

一美の荒い呼吸が収まるのを待って、康が口を開いた。

「確かに美織は傷ついたかもしれない。でも今からでも遅くない。美織が本当に幸せになるために、俺たちに何ができるのかを考えていかないか」

康の言葉は柔らかかった。一美の瞳から、再び涙が溢れて止まらなくなる。

康とともに寝室に向かった一美は美織に寄り添い、その小さな手をそっと握り締めた。大切なものは、すでにここにあったのだ。すべて揃っていたのだ。お受験だとか将来だとか、そんなことよりももっと大切な思いが一美の心から溢れ、気づけば口にしていた。

「美織、大好きだよ」

美織が薄く目を開け、一美の手を握り返し再び眠りについた。激しい後悔が一美を埋め尽くす。その愛おしい寝顔を、一美はいつまでも見つめ続けた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。